対戦
森は、異様なほど静かだった。
風は吹いているはずなのに、枝葉の擦れる音がしない。
虫の声も、獣の気配もない。
まるで、この場所そのものが、
何かを拒んでいるかのようだった。
レオン・アルヴァンは、足を止めた。
視界の先――瓦礫と崩れた地面の中央に、
アレインは立っている。
前と同じ場所。
前と同じ姿勢。
だが、決定的に違うのは、
こちらが剣を抜く覚悟を持っていることだった。
(……行くしかない)
剣の柄に指をかける。
一瞬、ためらいが走る。
だが、それはもう、引き返すための躊躇ではない。
剣が、静かに抜かれた。
金属音は、驚くほど小さかった。
だが、その瞬間、空気が変わる。
アンデッドたちが、同時に動いた。
包囲ではない。
攻撃陣形でもない。
ただ、中心を守るための配置。
(……来る……)
アレインは、動かない。
それでも、圧が増す。
魔力の濁りが、視界を歪め、距離感を狂わせる。
レオンは、一歩踏み出した。
次の瞬間――
視界が反転した。
衝撃。
剣と剣が打ち合った感触はない。
それなのに、身体が吹き飛ばされる。
「っ――!」
地面を転がり、体勢を立て直す。
何が起きたのか、即座に理解できない。
(……今のは……)
アレインが、立っている。
距離は詰まっている。
だが、剣を振るった様子はない。
――否。
振るったのだ。
人間の動体視力では、
“剣を振った”と認識できない速度で。
(……速い……いや……違う……)
速さではない。
動きそのものが、人間の理解の外にある。
レオンは、剣を構え直す。
今度は、防御を意識する。
踏み込む。
剣を振る。
確かな手応え。
だが、切った感触がない。
剣先が、
アレインに触れた瞬間、弾かれた。
(……硬い……?)
違う。
硬さではない。
まるで、
「切る」という行為そのものを拒絶されたような感覚。
アレインが、初めて一歩踏み出した。
その一歩だけで、
空気が軋む。
怨念が、
形を持って押し寄せてくる。
(……これは……戦いじゃない……)
レオンは、理解し始めていた。
これは、
技の勝負でも、
力量の比較でもない。
存在の差だ。
剣を交えるたび、
自分が「人間」であることを突きつけられる。
アレインの剣は、
殺意を帯びていない。
それなのに、
逃げ場がない。
一太刀。
二太刀。
受けるたびに、
身体の奥が削られていく。
魔力でも、体力でもない。
心そのものが摩耗していく感覚。
(……こいつは……俺を殺すつもりがない……)
その事実が、
何よりも恐ろしかった。
では、何のために剣を振るっている?
答えは、明白だった。
――確認しているのだ。
勇者という存在を。
王国の正義を。
そして、
「まだ人間であるかどうか」を。
レオンは、歯を食いしばる。
「……っ……!」
叫びたくなる。
だが、叫んでも届かない。
言葉は、
この場では、
何の意味も持たない。
アレインの剣が、
レオンの剣を弾き、
肩口をかすめる。
痛みはない。
だが、
冷たい感覚だけが残る。
(……当たれば……終わる……)
それが分かる。
そして同時に、
自分が勝てないことも、理解してしまった。
この戦いに、
勝敗は存在しない。
あるのは、
“どこまで耐えられるか”だけだ。
レオンは、後退する。
一歩。
また一歩。
アレインは、追わない。
だが、距離は縮まらない。
常に、
逃げ場がない位置にいる。
(……これ以上は……)
限界が近い。
その瞬間――
空気が、変わった。
遠く。
極めて遠く。
だが、
はっきりと感じる。
異質な魔力の爆発。
(……王都……?)
胸が、凍りつく。
次の瞬間、
通信の魔導具が、震えた。
戦いは、
まだ終わっていない。
だが――
世界が、別の悲鳴を上げ始めていた。




