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それでも剣は抜けない

夜は、終わっていなかった。


森の奥、瓦礫と骨が混じる地に立ち尽くしたまま、レオン・アルヴァンは剣を抜けずにいた。

剣の柄を握る手には、確かな力が入っている。

だが、それ以上、前に出ることができない。


目の前にいる存在――

アレイン。


一度は索敵で捉え、

一度は視認し、

そして今、確かにここにいる。


それでも、

「敵だ」と断じる言葉が、どこにも見つからない。


(……殺せばいい……)


勇者としては、それでいいはずだった。

王国の敵。

人ではない存在。

アンデッドの王とも言える存在。


だが、剣を振り下ろすたびに、

脳裏に浮かぶ光景がある。


処刑台。

歓声。

沈黙。

名を呼ばれず、歴史から削られた英雄。


(……俺は……何を守っている……)


正義か。

王国か。

それとも――自分自身か。


アレインは、動かない。

だが、動かないという事実そのものが、圧力だった。

存在するだけで、周囲の空気が歪む。

アンデッドたちは、指示も命令もなく、自然にその周囲に配置されている。


言葉はない。

意思だけが、濃密に存在している。


(……理解できない……)


勇者としての経験が、役に立たない。

魔物なら、殺意がある。

人間の敵なら、理屈がある。


だが、アレインには、どちらもない。

あるのは――結果だけだ。


王国に殺され、

世界に否定され、

それでも存在し続けている結果。


(……俺は……)


一歩、踏み出そうとする。

だが、足が止まる。


恐怖ではない。

逃げたいわけでもない。


理解した瞬間、自分が壊れると分かっているからだ。


勇者は、剣を抜く存在だ。

だが、今剣を抜けば、

それは「討伐」ではなく「否定」になる。


(……俺に……その資格があるのか……)


胸の奥が、軋む。

勇者として選ばれたこと。

王都で称えられたこと。

それらが、今になって重くのしかかる。


背後で、風が鳴った。

アンデッドが、微かに動く。


アレインは、こちらを見ている。

敵を見る目ではない。

かといって、期待もない。


「来るなら来い」

ただ、それだけの圧。


(……このままじゃ……)


レオンは、剣を収めた。


逃げるのではない。

撤退でもない。


**「判断を持ち帰る」**という選択だった。


(……一人では……決められない……)


勇者である前に、

自分は人間だ。


その自覚が、

この夜、何よりも重かった。



森を離れ、

陣に戻る道すがら、

胸の奥のざわめきは消えない。


「……聖女に……剣聖に……」


呟きは、夜に溶けた。


答えがあるとは思っていない。

だが、

このまま剣を抜けば、取り返しがつかない。


アレインは、そこにいる。

逃げない。

隠れない。


まるで、

「決めるのはお前だ」と言わんばかりに。


レオンは歩き続ける。

背中に、確かな視線を感じながら。


この迷いが、

後にどれほどの代償を生むのか――

この時の勇者は、まだ知らない。

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