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アレインが勇者の動きを知る

夜は、重かった。


音がないわけではない。

だが、音が意味を失っている。


風が吹いても、

瓦礫が転がっても、

それらはすべて――

もう終わったものの余韻にすぎなかった。


アレインは、崩れた城壁の上に立っていた。


かつて、城だった場所。

かつて、王の命令を受け、

かつて、民を守ると誓った場所。


今は、

骨と石と、焼け焦げた記憶だけが残っている。


「……ああ……」


喉の奥から、

掠れた声が漏れた。


それが自分の声だと、

一瞬、理解できなかった。


(……ここまで、壊したか)


違う。


壊されたのだ。


王国に。

裁定に。

正しさという名の暴力に。


「……俺は……」


言葉にしようとした瞬間、

胸の奥が、軋んだ。


怒り。

悔恨。

恨み。


それらが、

溶け合って、

塊になって蠢いている。


感情が、

整理されない。


人間だった頃なら、

こんな状態は耐えられなかっただろう。


だが今は――


(……心地いい)


それが、何より恐ろしかった。


足元で、

何かが動いた。


人の形。

だが、人ではない。


骨に、

わずかな肉片が張り付き、

眼窩の奥に、

淡い魔力の灯りが揺れている。


アンデッド。


言葉は、発しない。


ただ、

視線だけが向けられている。


「……分かってる」


アレインは、吐き捨てるように言った。


声に出す必要はない。

だが、出さずにはいられなかった。


アンデッドの視線が、

わずかに揺れた。


それだけで、

十分だった。


(……来たな)


“報告”という概念ではない。


だが、

魔力の濁りが、そう告げている。


遠く。

王都の方向。


人間の気配。

それも、

一つだけ、強い光。


(……勇者)


胸の奥が、

一気に熱を持った。


怒りが、

形を成す。


「……そうか……」


笑いが、

込み上げた。


喉が、

引き裂かれるように痛む。


「……来るのか……」


アンデッドが、

一歩、前に出る。


首を傾げる。

問いかけではない。


確認だ。


「……王命じゃない」


アレインは、低く唸る。


「“勝手に動いた”……か」


その言葉が、

脳裏で反響する。


(……王国らしい)


分からないものは、切り捨てる。

制御できないものは、

“逸脱”として処理する。


(……だから、俺も殺した)


処刑台。

群衆。

宣告。


「英雄アレイン、

 反逆の罪により――」


思い出すだけで、

感情が暴れた。


「……ふざけるな……」


拳を握る。


骨が、軋む音がした。


「……俺は、守った……」


声が、震える。


「命令通りに戦って……

 民を……

 この国を……!」


だが、

守った結果が、これだ。


名を消され。

存在を否定され。

死んだことにされた。


「……それでも……」


胸の奥で、

何かが崩れ落ちる。


「……それでも、

 俺は……

 王国を、信じてた……」


その瞬間。


怒りが、

完全に形を成した。


(……違う)


違う。


信じていたのは、

王国じゃない。


グランデールだ。


人が生きていた場所。

笑いがあった場所。

裏切られなかった“はず”の場所。


「……取り戻す……」


呟いた瞬間、

周囲のアンデッドが、

一斉に動いた。


武器を持つ者。

持たない者。

ただ立っているだけの者。


誰も、言葉を発しない。


だが、

怨念が、重なっている。


理解できる。


言語ではなく、

感覚として。


(……こいつらもだ)


彼らもまた、

切り捨てられた。


不要とされ、

理解されず、

“なかったこと”にされた存在。


「……勇者が来るなら……」


アレインは、夜空を睨む。


星は、

何も語らない。


「……見せてやる……」


声が、

怨念を帯びる。


「王国が……

 何を生み出したのか……!」


感情が、

抑えきれない。


冷静さは、

とっくに失われている。


だが、

それでいい。


理性は、

王国のものだ。


裁定も、

正義も、

すべて――

俺を殺した側の言葉だ。


「……勇者……」


名を呼ぶ。


かつてなら、

同じ側に立つはずだった存在。


「……お前は……

 まだ、人間だ……」


だからこそ。


「……俺を、理解しようとする……」


それが、

許せない。


羨ましい。


憎い。


救われなかった自分を、

突きつけられるから。


「……選べ……」


アレインは、

夜に向かって叫ぶ。


「王国か……!」


「――俺たちか……!!」


答えは、いらない。


どちらかが、

消えるだけだ。


アンデッドたちが、

ゆっくりと、

同じ方向を向く。


視線の先――

境界の向こう。


勇者が、

近づいている。


アレインの口元が、

歪んだ。


それは、

人間の笑みではない。


怨念が、

形を取ったものだ。


「……来い……」


歓迎ではない。

拒絶でもない。


復讐の必然だ。


夜は、

相変わらず静かだった。


だがそれは、

嵐の前ですらない。


世界が、

すでに壊れる側に舵を切った後の、

静寂だった。


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