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王都は理解できない

王城の会議室は、異様な静けさに包まれていた。


豪奢な装飾、磨かれた長卓、壁に掛けられた王国史の絵画。

どれもが「秩序」を象徴しているはずの空間で、

今、ただ一人――秩序を壊す言葉を持ち込んだ男が立っている。


「――以上が、現地で私が確認した事実です」


勇者はそう締めくくり、口を閉ざした。


誰も、すぐには言葉を発さなかった。


宰相、軍務卿、内政卿、教会代表、王族代理。

それぞれが視線を逸らし、書類を見下ろし、あるいは天井を仰いでいる。


沈黙は、理解のためではない。

処理のためだった。


「……確認だが」


最初に口を開いたのは、軍務卿だった。


「貴官は、“敵影を確認した”と言ったな?」


「はい」


「だが、正規の軍勢ではない」


「はい」


「反乱残党でもない」


「はい」


「魔族の軍でもない」


「……はい」


その返答に、軍務卿は小さく息を吐いた。


「では、それは何だ?」


勇者は即答しなかった。


その沈黙自体が、会議室の空気をわずかに歪める。


「……“存在”です」


その言葉が発せられた瞬間、

数名の貴族が、ほとんど反射的に眉をひそめた。


「存在?」


「軍務報告の場で、抽象語は避けていただきたい」


内政卿が、苛立ちを隠さずに言う。


勇者は、わずかに首を振った。


「抽象ではありません。

数でも、部隊でも、兵種でもない――

“そうとしか呼べないもの”だった」


宰相が、ゆっくりと手を組んだ。


「……勇者殿。

君の功績は疑っていない。

だが我々は、王国を運営している」


その言葉は、穏やかだった。

だからこそ、残酷だった。


「運営?」


「そうだ。

恐怖や直感ではなく、記録と再現性によって判断せねばならん」


勇者は、思わず一歩踏み出しかけた。


「再現性ならあります。

消えた守備隊。

帰還しない偵察部隊。

生存者が“増えない”という事実――」


「それは報告書で確認している」


宰相は淡々と続ける。


「だが、それらは“結果”であって、“原因”ではない」


「原因は――」


「不明、だ」


その一言で、勇者の言葉は遮られた。


「原因不明の事象は、我々の分類ではこう扱う」


宰相は、机上の文書を一枚、示した。


そこにはこう記されている。


――局地的異変

――影響範囲限定

――現時点で国家存亡に関わらず


「……理解不能、という処理だ」


勇者は、目を見開いた。


「処理……?」


「そうだ。

理解できないものを、理解しようとして混乱を招くより、

“理解不能として扱う”方が、統治上は合理的だ」


合理。


その言葉が、勇者の胸に冷たく突き刺さる。


「勇者殿」


今度は、王族代理が口を開いた。


「貴方は、戦場で“勝つ”役目だ。

政治は、我々が引き受ける」


「……だから、退けと?」


「だから、“これ以上踏み込むな”ということだ」


会議室の空気が、決定的に変わった。


誰もが、同じ結論に向かっている。

それは偶然ではない。


この報告を、正面から受け取ると――

王国は動かねばならなくなる。


動けば、犠牲が出る。

責任が生じる。

過去の判断の誤りが、白日の下に晒される。


だから――

理解不能。


それは、最も安全な箱だった。


「……聖教会は?」


勇者は、最後の希望を託すように視線を向けた。


白衣の教会代表は、一瞬だけ、言葉に詰まった。


「……現時点では、古文書との一致は確認できておりません」


それは、事実だった。

だが、全てではない。


勇者は、その“歯切れの悪さ”を見逃さなかった。


「確認“できていない”のではなく……

“照合が終わっていない”のでは?」


教会代表は、答えなかった。


沈黙が、答えだった。


宰相が、ゆっくりと立ち上がる。


「結論を述べよう」


会議室の全員が、顔を上げる。


「現地異変は、引き続き監視対象とする。

だが、勇者殿の独断行動は、ここで終わりだ」


「……!」


「撤退命令を正式に出す。

これ以上の深入りは、政治的に不要だ」


不要。


その言葉で、全てが決まった。


勇者は、拳を握りしめた。


「……もし」


声が、震える。


「もし、私の報告が正しかった場合は?」


宰相は、即答した。


「その時は、対応を再検討する」


「その“時”とは、いつですか」


「理解可能になった時だ」


理解可能。


つまり――

手遅れになった時だ。


会議は、それで終わった。


誰も、勇者を引き留めなかった。

誰も、背中を呼び止めなかった。


彼が去った後、宰相は小さく息を吐く。


「……英雄というのは、往々にして視野が狭い」


軍務卿が、頷いた。


「戦場しか、見えていない」


教会代表だけが、何も言わなかった。


ただ、胸元の古文書の写しを、強く握りしめていた。


そこには、まだ“書かれていない”はずの言葉が、

これから現実になる予感だけが、確かにあった。


王都は、この夜――

最も正しい報告を、“理解不能”として処理した。


それが、

王国にとって最後の安全な選択だったことを、

まだ誰も知らない。


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