表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/89

報告不能

王都の執務棟は、いつもと変わらず静かだった。


少なくとも、外見上は。


書記官たちは書類を運び、

文官たちは机に向かい、

将校たちは地図の前で声を落として議論をしている。


だが、その空気は――確実に歪んでいた。


「……次です」


若い書記官が、声を絞るようにして言った。


彼の手にあるのは、北方方面から届いた最新の被害報告。

いや、“報告”と呼んでいいのか、もはや分からない。


「第二報、第三報……いえ、第四報になります」


会議室の空気が、わずかに沈む。


「内容を」


宰相が短く促す。


書記官は一度、喉を鳴らした。


「……前回の報告以降、派遣された第二警備隊――

 連絡が、途絶しています」


ざわめきが走る。


「またか」


誰かが、小さく吐き捨てた。


「人数は?」


「……不明です」


その言葉が、部屋に落ちる。


「不明、とは?」


軍務卿が眉をひそめる。


「……記録上は、百二十名。

 ですが、生存者が確認できておらず、

 現地からは――」


書記官は、続きを一瞬ためらった。


「“痕跡がない”としか」


地図の上、赤い印が打たれた地点を見つめながら、

誰もが同じことを考えていた。


(……消えた、のか)


戦闘の痕跡がない。

死体もない。

血すら、ほとんど残っていない。


「……逃げた可能性は?」


「ありません」


即答だった。


「装備、補給、進行方向……

 すべてが、途中で“途切れています”」


それは報告ではない。

状況説明でもない。


ただの――異常だ。


「……次」


宰相が、淡々と告げる。


書記官は震える指で、次の紙をめくった。


「第三波被害。

 周辺村落――四か所。

 住民数、合計……」


言葉が、止まる。


「……記録上は、八百二十名」


「“記録上”?」


「はい」


書記官は、顔を伏せた。


「現地確認が、できていません。

 家屋は残っています。

 食料も、生活用品も、そのままです」


「だが?」


「……人だけが、いません」


沈黙。


誰かが、乾いた笑いを漏らした。


「……避難したのだろう」


「どこへ?」


「……それは」


答えは出ない。


避難命令は出していない。

受け入れ先もない。

道中の目撃情報も、皆無。


「……数字が、合わない」


軍務卿が、地図から目を離さずに言った。


「被害数が、増えていない」


「増えていない?」


「正確には――

 “被害として計上できる数が、増えない”」


その言葉が、会議室の空気を凍らせた。


死体がなければ、戦死ではない。

生存者がいなければ、証言もない。


「……報告書が、書けません」


書記官の声は、ほとんど泣き声だった。


「敵影、確認できず。

 交戦記録なし。

 被害状況、不明――

 ……これを、どう書けば」


宰相は、ゆっくりと目を閉じた。


(……来ている)


それは、反乱でもない。

魔物の大発生でもない。


ましてや、残党狩りで片付く話ではない。


「……教会は?」


「依然として、“調査中”とのことです」


その言葉に、誰も安心しなかった。


教会が歯切れを悪くする時、

それは――触れてはいけないものがある時だ。


「……勇者は?」


「現地で、独自行動中。

 直近の報告では――」


書記官は、紙を見ずに言った。


「“これは、人が相手ではない”と」


誰も、否定しなかった。


否定できなかった。


「……報告を止めるか?」


誰かが、ぽつりと言った。


「これ以上、数字にしても意味がない」


宰相は、静かに首を振った。


「止めれば、我々が“見ないことにした”と記録に残る」


それは、政治的な死だ。


「……だが、続けても」


軍務卿が、苦く言う。


「報告にならない」


沈黙が、重く落ちる。


王都は、理解してしまったのだ。


これは、

管理できない被害だと。


「……次の報告は、どう扱う?」


宰相は、ゆっくりと答えた。


「“事象”として扱え」


事件でも、戦争でもない。


ただの――事象。


原因不明。

対処不能。


「……王国は、何と戦っているのですか」


書記官の問いに、誰も答えなかった。


答えを知ってしまえば、

もう“知らなかった”では済まないからだ。


会議室の外では、

今日も市民が平和に暮らしている。


その足元で、

王国は静かに、報告を失っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ