再認識
……静かだ。
風はある。
夜もある。
だが、生きていた頃に感じていた“世界のざわめき”が、ない。
(……これが、死後か)
俺は立ち止まり、自分の手を見る。
血は流れていない。
震えもない。
温度すら、感じない。
それでも、形はある。
輪郭は、人のままだ。
(……首は、確かに落とされた)
処刑台。
群衆。
正義の名を借りた石と罵声。
記憶は、鮮明すぎるほど残っている。
「……なのに、俺はここにいる」
心臓は動かない。
呼吸も、必要ない。
それでも、考えている。
怒っている。
憎んでいる。
(……生きている時より、はっきりと)
この異常さを理解した瞬間、
胸の奥――いや、胸だった場所で、何かが軋んだ。
――条件は揃った。
――王国に殺され。
――強い未練を抱き。
――血に、混じり物がある。
聖教会の古文書。
勇者たちが決して口にしなかった“禁忌”。
(……リッチ)
言葉にした瞬間、
世界が一段、静まった。
拒否する理性が、
確実に、削れていく。
「……そうか」
妙に、納得してしまった自分がいる。
英雄として死ねなかった理由。
ただの反逆者として処刑された理由。
それでも、完全には消えなかった理由。
(……王国が、俺をこうした)
指先が、地面を抉る。
石が砕け、
土が崩れる。
力を込めた覚えはない。
ただ、感情が漏れただけだ。
「……俺は、従った」
民を守れと言われれば、守った。
反乱を疑われれば、否定した。
命令が来れば、従った。
それでも――
(……最後に突きつけられたのは、処刑台だ)
民の前で。
俺が守ろうとした人々の目の前で。
(……王国は、俺を“切り捨てた”)
怒りが、形を持つ。
それは理屈ではない。
正義でもない。
もっと、原始的なものだ。
――憎め。
――取り戻せ。
――奪われたものを。
(……黙れ)
そう思ったはずなのに、
その声は、俺自身の内側から響いている。
(……魔族の血、か)
かつて噂された、
忌み嫌われた血。
英雄であるために、
必死に無視してきたもの。
今は――
「……やけに、正直だな」
感情が、誤魔化せない。
王国の名を思い浮かべるだけで、
視界が赤く染まる。
(……許せない)
処刑を決めた王。
沈黙した貴族。
様子見を選んだ教会。
そして――
俺を見捨てた、全て。
「……復讐、か」
言葉にした瞬間、
胸の奥の“核”が、確かに応えた。
拒絶ではない。
肯定だ。
(……俺は、英雄じゃない)
もう、誰も守れない存在だ。
守ろうとした結果が、
これなのだから。
「……なら」
夜空を見上げる。
星は、処刑の日と同じように、無関心だ。
「王国が恐れる存在に、なってやる」
それは、誓いというより、確認だった。
俺は、戻らない。
人だった頃には。
憎悪と、魔族の血に引きずられながら、
それでも、記憶だけは捨てない。
民の顔。
守れなかった後悔。
処刑台の冷たさ。
(……全部、持っていく)
王国の前に。
これが、
俺に起きたこと。
これが、
俺が“残った理由”。




