報告
報告書は、短かった。
短すぎるがゆえに、重かった。
王都・中央政務院。
石造りの会議室に、重苦しい沈黙が落ちている。
「……以上が、勇者レオンからの急報です」
伝令役の文官が、乾いた声で言った。
卓上には、封蝋の割られた書簡が置かれている。
羊皮紙は、何度も折り返された跡があった。
「“村が消えている”……?」
一人の貴族が、眉をひそめた。
「消失、とはどういう意味だ」
「焼失でも、壊滅でもない、と書かれております」
文官は、淡々と読み上げる。
「争った形跡なし。死体なし。血痕なし。
住民のみが、跡形もなく消えている――と」
「……馬鹿な」
別の貴族が、鼻で笑った。
「魔族でもあるまいし」
「だが、勇者は“魔族の仕業ではない”とも」
その一文が、空気を変えた。
「……何?」
「“魔族的痕跡がない”
“呪術的儀式でもない”
“反乱残党によるものとも断定できない”
以上が、勇者の所見です」
会議室が、ざわつく。
「勇者が、断定を避けるとは……」
「いつもの彼らしくないな」
「慎重すぎる」
「あるいは、現地で混乱しているだけでは?」
誰かが、軽く笑った。
だが、その笑いは、すぐに消える。
「……続きがあります」
文官は、息を整えた。
「“現地に残る魔力反応が、
かつて討伐した対象と一致する可能性あり”」
沈黙。
「……一致?」
「どの対象だ」
誰もが、気づいていた。
だが、誰も口にしたくなかった。
「……グランデール伯、アレイン」
その名を口にしたのは、老宰相だった。
空気が、凍りつく。
「馬鹿な」
「処刑されたはずだ」
「灰も残らなかったと、報告が……」
「勇者自身が、斬ったのだぞ」
老宰相は、指を組んだ。
「だからこそだ」
全員が、彼を見る。
「勇者は、あの男の魔力を知っている」
「……」
「“似ている”ではなく、
“一致する可能性がある”と書いた意味を、考えろ」
誰も、答えられなかった。
沈黙を破ったのは、教会側の代表だった。
「……教会としては」
ゆっくりと、慎重な口調。
「現時点では、断定はできないと考えております」
「断定できない?」
「はい」
彼は、視線を伏せる。
「古文書にも、“死後に異変を起こす者”の記述はございますが……
条件が、非常に限定的で……」
「条件?」
誰かが、食い下がる。
教会代表は、一瞬、言葉に詰まった。
「……極めて稀な事例です」
「つまり?」
「……起こりえない、というのが、これまでの理解でした」
その歯切れの悪さに、貴族たちが顔を見合わせる。
「教会でも、判断がつかない、と?」
「……現地調査が必要です」
「だが、勇者は現地にいる」
「はい」
「その勇者が、“異変”と言っている」
老宰相が、静かに言った。
「それを、どう扱う?」
再び、沈黙。
やがて、若い貴族が口を開いた。
「……過剰反応では?」
「何?」
「村が一つ消えた程度で、
王国全体を揺るがすのは、早計かと」
「勇者の報告を、“過剰反応”と?」
「勇者も、人です」
彼は、言い切った。
「かつて自ら討伐した者の影を見て、
感情が揺らいでいる可能性もある」
「……」
「それに」
彼は、声を強める。
「今さら、アレインが生きている、などと認めれば――
我々は何をしたことになる?」
その言葉が、核心だった。
処刑。
勝利宣言。
王国の正義。
それらが、すべて揺らぐ。
「……つまり」
老宰相が、ゆっくりと言う。
「この報告は、“扱いづらい”」
誰も、否定しなかった。
教会代表が、静かに付け加える。
「教会としても……
現時点では、“反乱残党の活動”として処理するのが、妥当かと」
「……勇者の所見は?」
「“慎重意見”として、記録に残します」
記録に、残す。
だが、行動は変えない。
「では」
議長が、結論をまとめる。
「方針は、従来通り」
「範囲を限定し、
被害拡大を防ぐ」
「勇者には、
“深入りせず、警戒を続けよ”と返答」
老宰相は、目を閉じた。
(理解しない、という選択か)
(……いや)
(理解した上で、目を逸らしたのだ)
会議は、静かに終わった。
誰も声を荒げなかった。
誰も責任を取らなかった。
その夜。
王都の空は、穏やかだった。
処刑台の日と、同じ色の空が、
何事もなかったかのように広がっている。
ただ一通。
勇者レオンの書簡だけが、
政務院の机の奥で、
封も切られぬまま、積み重ねられていった。




