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正しさが危険な判断を選ぶ

王都・中央政庁。

その最奥に位置する会議室には、重苦しい沈黙が落ちていた。


勇者が去った後も、

彼の言葉だけが、空気の中に残っている。


――北は、気づいている。

――王都は、気づいていない。

――気づかないふりをしている。


「……随分と、挑発的な物言いだったな」


最初に口を開いたのは、宰相だった。


白髪混じりの男は、机に指を組み、

感情を押し殺した声で続ける。


「勇者とはいえ、

王国の意思決定を否定するような発言は看過できん」


「否定、というより――」


財務卿が、言葉を選びながら口を挟む。


「“警告”でしょう。

彼なりの善意であることは、疑いようがない」


「善意が、国を救った例は少ない」


軍務卿が、即座に返した。


鎧を着込んだままの男は、

苛立ちを隠そうともせず、机を指で叩く。


「被害が出ている以上、

行動しなければならないのは明白だ」


「問題は、“どう行動するか”だ」


宰相が、視線を巡らせる。


集まっているのは、

王国の意思を決める者たち。


誰一人として、無能ではない。


「勇者の言葉を、どう受け取る?」


沈黙。


やがて、法務卿が静かに口を開いた。


「彼は、“敵が人だった可能性”を示唆しました」


「可能性だ」


軍務卿が切り捨てる。


「証拠はない。

それに、仮にそうだとして――」


言葉を切り、周囲を見回す。


「それが、今さら何だというのだ?」


空気が、わずかにざわついた。


「死者が、動いている。

ならばそれはもう、人ではない」


「討伐対象だ」


「それ以上でも以下でもない」


その言葉に、誰も即座に反論できなかった。


宰相が、ゆっくりと頷く。


「現実的な判断だ」


財務卿が、眉をひそめる。


「しかし、北方公爵家が沈黙している点は?」


「北は北の都合がある」


軍務卿は、即答した。


「常に王国に忠実とは限らん。

力を温存して、後から恩を売る算段かもしれない」


「ノルディア家が?」


法務卿が疑問を呈する。


「彼らは――」


「“これまで”は、そうだった」


軍務卿は、言葉を重ねる。


「だが、情勢は変わる。

貴族とは、そういうものだ」


宰相は、沈黙したまま聞いていた。


勇者の言葉を、思い出している。


――知ってしまった者の沈黙。


だが、それをそのまま受け入れるには、

王都はあまりに多くを背負いすぎていた。


「感情論は排そう」


宰相が、結論を促す。


「今、王国が失っているものは?」


軍務卿が、即座に答える。


「兵だ。

正規軍、騎士団、調査隊。

放置すれば、さらに増える」


財務卿が、続ける。


「金もだ。

補給、再編、治安悪化による損失。

長引けば、国庫が持たない」


「民の不安も、限界に近い」


法務卿が付け加える。


「“反乱の亡霊”という噂は、

王権への疑念に直結する」


宰相は、目を閉じた。


勇者の警告は、理解している。


だが――

それを採用する余地が、どこにある?


「……勇者の提案は?」


誰かが、そう尋ねた。


宰相は、目を開ける。


「慎重な再調査。

北方公爵家との共同対応。

聖教会の判断待ち」


沈黙。


軍務卿が、鼻で笑った。


「要するに、“待て”と言っている」


「その間にも、兵は消える」


「民は不安に陥る」


「王権は揺らぐ」


「それを、勇者は分かっているのか?」


誰も、答えなかった。


宰相が、重く息を吐く。


「……彼は、分かっている」


「だが、それでも言った」


それは、評価だった。


だが同時に――

採用できないという宣告でもあった。


「結論を出そう」


宰相が、立ち上がる。


「王国は、行動する」


「討伐軍の派遣を継続」


「規模は縮小。

重点地域のみを制圧する」


財務卿が、頷く。


「犠牲を抑える、という名目で」


「勇者の警告には、“一定の配慮をした”と記録する」


法務卿が、静かに補足する。


「歴史的にも、問題はない」


その瞬間。


勇者の警告は、

正式に“処理”された。


否定されたわけではない。


無視されたわけでもない。


理解されたうえで、切り捨てられた。


会議が終わり、

宰相は一人、窓辺に立つ。


王都の夜景が、静かに広がっている。


「……これで良いのだ」


自分に言い聞かせるように、呟く。


「王国を守るための判断だ」


だが、胸の奥に、

消えない棘が残っていた。


――北は、気づいている。


もし、それが真実なら。


「……勇者よ」


宰相は、目を閉じる。


「正しいのは、お前かもしれん」


「だが、国は――」


「正しさだけでは、動けない」


その夜。


討伐軍の再編命令が、静かに発令された。


誰も、それが

“破滅への最短路”であることを、

まだ知らなかった。


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