範囲縮小というなの安全策
王都ルミナスの会議室は、昼間でも薄暗い。
それは照明の問題ではない。
重い判断が、光を吸うのだ。
長机を囲むのは、国王代理、宰相、軍務卿、財務卿、そして数名の高位貴族。
聖教会から派遣された司祭は、末席に座っていた。
「――で?」
宰相が、羊皮紙を机に放った。
「結局、教会は何を言いたいのだ」
紙には、簡潔な報告が書かれている。
> 高位死霊存在の可能性あり
> 現地対応は慎重を要す
> 追加派兵は推奨せず
それだけだ。
軍務卿が鼻で笑った。
「随分と、便利な書き方だな。
危険だが、兵は出すな。
責任は、こちらに押し付ける気か?」
司祭は、何も答えなかった。
答えられない、ではない。
答えてはいけないのだ。
「生存者は一人だけだそうだ」
財務卿が帳簿をめくりながら言う。
「村一つ、守備隊一つ。
被害としては……正直、想定内ですな」
「問題はそこではない」
宰相が言葉を継ぐ。
「“原因が不明”という点だ。
反乱残党か、魔族の斥候か、
あるいは――」
誰かが、口を噤んだ。
その沈黙が、
名を出してはならないものを浮かび上がらせる。
だが、すぐに別の声が割り込んだ。
「しかし、教会は“追加派兵不要”と言っている」
国王代理だ。
彼は疲れていた。
長引く戦争、増え続ける税負担、
民の不満、貴族の牽制。
「つまり、危険度は限定的。
そう解釈してよいのでは?」
軍務卿が、即座に頷いた。
「賛成です。
現地にこれ以上兵を送れば、
補給線が伸び、守るべき範囲が増える」
宰相も、ゆっくりと首を縦に振る。
「……ならば、逆だ」
全員の視線が集まる。
「“守る範囲を減らす”」
言葉にした瞬間、
それは妙に合理的に聞こえた。
「危険地域を明確に線引きし、
周辺住民は自主退避。
軍は、境界線の外を固める」
「なるほど」
財務卿が指を鳴らす。
「兵站も軽くなる。
被害も、限定できる」
司祭の背中に、冷たいものが走った。
(違う)
それは、
逃げ道を与える策ではない。
「範囲縮小、ですか」
司祭は、慎重に口を開いた。
「……生存者が出ている以上、
内部に“何か”がいる可能性も――」
「だからこそだ」
軍務卿が遮る。
「内部を切り捨てる。
外に出てこない限り、問題はない」
それは、
閉じ込めるという発想だった。
国王代理が、決断する。
「よし。
危険地域を“監視区域”に指定。
正規軍の展開は行わない」
「代わりに?」
「周辺の街道を封鎖。
物流、人流を止める」
誰もが、安堵した。
これで――
これで、問題は“管理下”に置かれた。
そう、信じた。
司祭は、何も言わなかった。
言えなかったのではない。
言っても、届かないと悟ったのだ。
会議が終わり、人々が立ち去る中、
彼は一人、席に残った。
机の上に残された地図。
赤い線で囲まれた、監視区域。
その中心に――
かつて、グランデールがあった。
(……囲った、つもりか)
司祭は、目を閉じた。
囲われたのは、人ではない。
――餌だ。
その夜。
王都では、何事もなかった。
報告は減り、
騒ぎは沈静化し、
人々は「解決した」と口にした。
だが。
その静けさは、悲鳴が届かなくなっただけだった。
監視区域の内側で、
次に消えたのは――
「村」ではなかった。
「部隊」だった。




