処刑台へ
王都は、久方ぶりの勝利に沸いていた。
大通りには花が撒かれ、
城門から中央広場へと続く石畳は、人で埋め尽くされている。
――勇者の凱旋。
白い外套を翻し、先頭を進む少年。
その背後には聖女、剣聖、そして王国正規軍の将校たち。
「王国に、平和を!」
「勇者万歳!」
歓声は空を震わせ、
誰もが“戦争は終わった”と信じて疑わなかった。
だが――
その列を、一段高い位置から静かに見下ろす者たちがいた。
王城の貴賓席。
そこに座すのは、北方公爵家当主。
ヴァルド・フォン・ノルディア。
白銀交じりの髪を後ろに流し、
軍人のように背筋を伸ばした壮年の男だ。
その視線は、群衆ではなく、
凱旋する勇者の背後――
王都の城壁、そのさらに向こうを見ている。
「……勝った、か」
小さく漏れた言葉には、
安堵も歓喜もなかった。
彼の隣には、北方公爵家の家臣団。
誰もが口を閉ざし、
祝賀の空気に馴染めずにいる。
ヴァルドは知っていた。
この勝利が、
どれほどの犠牲の上に成り立っているかを。
そして――
グランデールという町の名が、
王国の報告書から意図的に削られていることを。
(……若い伯爵を、切ったか)
彼の脳裏に浮かぶのは、一人の青年。
北方の地で、
必死に民を守ろうとしていた男。
王命を拒み、
だが王国を滅ぼそうともしなかった――
中途半端なほど、誠実だった男。
「ノルディアは、動かなかった」
それが、王国からの評価だった。
だがヴァルドは、
それが“動けなかった”のではなく、
“動かせなかった”のだと理解している。
王国は、
北方公爵家が介入する前に、
すべてを終わらせたのだ。
凱旋が終わる頃、
王城ではすでに次の議題が動いていた。
――反乱者の処刑。
決定は早く、
誰も反対しなかった。
⸻
処刑は、迅速に決まった。
裁判は形式だけで、
証言も、弁明も、意味を持たない。
反乱者は死ぬ。
それで、王国は前に進める。
――それが、総意だった。
ヴァルド・フォン・ノルディアは、
その決定を聞いた夜、
書斎で一人、酒杯を傾けていた。
「……愚かだな」
誰に向けた言葉でもない。
王にか。
勇者にか。
それとも――
処刑される男にか。
北方の地は、
これから確実に荒れる。
民は、
理由も知らぬまま苦しむだろう。
(そして――)
処刑された男の“死”が、
本当に終わりになるとは、
ヴァルドは思えなかった。
長く戦を見てきた男の勘が、
静かに警鐘を鳴らしていた。
⸻
処刑台は、よく晴れた空の下にあった。
雲一つない青空。
あまりにも、穏やかな日だった。
アレインは、ゆっくりと顔を上げた。
首に嵌められた鉄輪は重く、
魔力を封じる刻印が、皮膚の下で鈍く疼いている。
だが、それ以上に――
胸の奥が、静かすぎた。
怒りは、もう燃え尽きていた。
悲しみも、後悔も、言葉にならない。
残っているのは、
守れなかったものの重さ だけだった。
グランデール。
町の名を思い浮かべるだけで、
無数の顔が浮かぶ。
名もない町兵。
子どもを抱いて泣いていた女。
最後まで盾を捨てなかった老人。
――自分が、戦わせてしまった。
――自分が、立たせてしまった。
守るために戦った。
だが結果として、
彼らを戦場に縛りつけたのは、自分だった。
「反乱者、アレイン・フォン・グランデール」
高らかな声が、広場に響く。
“フォン”の名は、ここではもう侮辱だった。
罪状は簡潔だ。
王国への叛逆。
正規軍への甚大な被害。
民を扇動し、戦争を招いた罪。
正しい。
少なくとも、書類の上では。
アレインは、口元をわずかに歪めた。
誰も、完全に間違ってはいない。
だが、誰も、真実を語っていない。
視線を巡らせる。
群衆。
沈黙。
恐怖。
その中に、
知っている顔は、もうなかった。
王国は、すでにグランデールを消している。
町ごと、記憶から。
処刑台の正面。
剣を携えた少年が立っていた。
――勇者。
若く、まっすぐな瞳。
正義を疑わない目。
彼は、アレインを見ていた。
憎しみはない。
あるのは、
裁きを受け入れるべき存在を見る視線。
その目に、
アレインは、かつての自分を見た。
王国を信じ、
正義を信じ、
疑うことを知らなかった頃の――自分。
(……ああ)
それだけで、十分だった。
刃が、持ち上げられる。
空は、青い。
(結局……)
守れなかった。
民も、町も、
そして、自分自身も。
だが――
胸の奥、
燃え尽きたはずの場所で、
何かが、かすかに蠢いた。
(……まだだ)
(これは、終わりじゃない)
刃が、振り下ろされる。
世界が、反転する。
その瞬間、
どこか遠くで、
骨が鳴るような音がした。
⸻
処刑は、確かに行われた。
だが、
それで王国が救われたかどうかを知る者は、
まだいない。
北方では、
冷たい風が、静かに吹き始めていた




