凱旋
凱旋、そして戦後処理
王都は、久しぶりに色づいていた。
大通りには花弁が撒かれ、
白と金の旗が、風に揺れる。
「勇者様だ!」
「王国を救った英雄だ!」
歓声が、街を満たす。
先頭を歩くのは――
勇者レオン。
その背後に、剣聖。
聖女。
三人の姿は、確かに勝者だった。
だが。
レオンの顔に、笑みはなかった。
⸻
凱旋の裏で、
王都では別の数字が積み上げられていた。
・正規軍死傷者数:一万七千三百余
・魔法兵団:壊滅的損耗
・騎士団三個連隊:事実上消滅
そして――
「……グランデール包囲戦以前の損害も含めると」
宰相が、資料をめくる。
「今回の戦役で、王国は
過去二十年で最大の軍事損失を被っています」
沈黙。
勝った。
確かに勝った。
だが――
安くはなかった。
⸻
王は、ゆっくりと息を吐いた。
「……勇者が来なければ、
どれほどの損害になっていた?」
「……最悪、王都防衛線の再編が必要だったかと」
側近が答える。
王は、レオンの姿を思い浮かべた。
――使える。
――いや、使わねばならない。
(……だからこそ)
(……これ以上、“別の英雄”は不要だ)
思考は、自然と一人の名へ向かう。
アレイン・フォン・グランデール。
⸻
凱旋の夜。
祝宴の席で、
勇者は、酒杯を持ったまま立ち尽くしていた。
「……レオン様?」
聖女が、声をかける。
「……俺は」
言葉を探すように、視線を落とす。
「……本当に、正しかったのか?」
剣聖が、低く唸る。
「正しかったとも。
あれは、反逆だ」
「……でも」
レオンは、拳を握る。
「……民が、俺たちを見て
“助かった”じゃなくて
“終わった”って顔をしてた」
聖女は、何も言えなかった。
⸻
同じ頃。
王都の一角で、
処刑準備が進められていた。
縄。
台。
警備。
「……生かしておく理由は?」
側近が問う。
王は、淡々と答えた。
「英雄を討った男は、
英雄の手で裁かれる」
「それが、一番美しい」
⸻
凱旋は、三日続いた。
だが、
その最終日に貼り出された布告が、
全てを塗り替えた。
反逆伯爵アレイン・フォン・グランデール
公開処刑をもって、王国の秩序回復を宣言する
街は、再び沸いた。
だが、
勇者だけは、空を見上げていた。
(……あの男は)
(……本当に、“悪”だったのか?)
答えは、出ない。
そして――
処刑の日が、訪れる。
――処刑の日当日
群衆の声
王都中央広場。
石畳の上には、すでに人が溢れていた。
「……処刑、見る?」
「そりゃあな。
英雄様が勝ったって、ちゃんと見届けなきゃ」
そんな会話が、あちこちから聞こえる。
男も、女も、子どもも。
老いた者も、若い者も。
誰もが、少し浮かれていた。
⸻
露店の女が、笑いながら言う。
「怖い顔してたら、商売にならないでしょ?
今日は“お祭り”みたいなもんよ」
隣で、兵士崩れの男が鼻を鳴らした。
「反逆者が死ぬんだ。
それで戦争が終わったなら、安いもんだ」
その言葉に、周囲が頷く。
――安い。
その単語が、
あまりにも軽く使われる。
⸻
広場の端では、
瓦礫の山を前に、黙り込む老人がいた。
「……あの伯爵様の町は、
最後まで耐えたって聞いたがな」
そう呟いた瞬間、
隣の若者が、眉をひそめた。
「まだそんなこと言ってるのかよ。
反逆者を擁護するつもりか?」
「違う。ただ……」
「やめとけ。
今は、勇者様の時代だ」
老人は、それ以上言えなかった。
⸻
別の場所では、
母親が子どもの目を覆っていた。
「見なくていいの?」
子どもが尋ねる。
母は、一瞬だけ迷ってから答えた。
「……見なさい」
「悪いことをすると、
こうなるのよ」
その言葉は、
自分に言い聞かせるようでもあった。
⸻
鐘が鳴る。
人々の視線が、一斉に集まる。
「来るぞ……」
「反逆伯爵だ」
「どんな顔してるんだろうな」
期待と、好奇心と、
ほんのわずかな不安。
それらが混ざり合い、
群衆という一つの生き物になる。
誰かが叫ぶ。
「王国万歳!」
それに、次々と声が重なる。
もう、止まらない。
⸻
誰も気づかない。
この広場にいる者の中で、
本当に勝者だと思っている者は、
誰一人としていないことを。
ただ――
そう思いたいだけなのだ。




