陥落
夜明け前。
角笛の音が、静寂を引き裂いた。
低く、重く、何度も鳴る――
それは合図だった。
全面攻撃開始。
城壁の上に立つアレインの視界に、無数の松明が揺れる。
闇の中から、王国正規軍が姿を現す。
歩兵。
弓兵。
魔導部隊。
数は――見ただけで、分かる。
(……来たか)
隣に立つ副官が、声を震わせる。
「伯爵様……」
「分かっている」
アレインは短く答えた。
「各隊に伝えろ。
守りを最優先。民を前に出すな」
それでも――
分かっていた。
この数を、守り切ることは不可能だ。
⸻
第一波。
矢が、雨のように降り注ぐ。
結界が、光を放つ。
だが、薄い。
「魔導兵、前へ!」
アレインが前に出る。
詠唱。
短く、鋭く。
「――《蒼雷》」
雷が落ちる。
直線上の兵が、まとめて吹き飛ぶ。
悲鳴。
断末魔。
だが、止まらない。
第二波、第三波。
「伯爵様!
西門が――!」
「分かっている!」
西へ走る。
魔力回復薬を、また飲む。
喉が焼ける。
内側から、臓腑が裂ける感覚。
(……まだ、だ)
⸻
町の中。
避難していた民が、動揺する。
「な、なに……?」
「攻めてきた……?」
壁が、揺れる。
瓦が、落ちる。
泣き声。
「お母さん……!」
「大丈夫、大丈夫……!」
だが――
大丈夫ではない。
城壁の一部が、崩れた。
王国軍が、流れ込む。
「侵入を許すな!」
町兵が、迎え撃つ。
だが、相手は正規軍。
訓練も、装備も、数も――違う。
剣が交わる。
血が飛ぶ。
「ぐっ……!」
町兵が倒れる。
「父さん!!」
子どもの叫び。
踏み潰される。
誰も、止まれない。
⸻
「下がれ!!
民を守れ!!」
アレインが叫ぶ。
自ら、前に出る。
詠唱。
長く、重い。
「――《大氷壁・展開》」
氷の壁が、街路を塞ぐ。
兵が凍り付く。
砕ける。
だが――
魔導部隊が応じる。
「対抗詠唱!」
魔力が、ぶつかる。
氷壁が、ひび割れる。
(……っ)
視界が、歪む。
吐血。
足元が、崩れる。
それでも――立つ。
「伯爵様!!」
町兵が、盾になる。
斬られる。
倒れる。
それでも、前に出る。
「行かせるなぁぁ!!」
⸻
勇者レオンは、その光景を見ていた。
剣を握る手が、震える。
「……これは……」
剣聖が、歯を食いしばる。
「……やりすぎだ」
「違う!」
レオンは叫ぶ。
「これは……
もう、戦争じゃない!」
聖女は、祈りを捧げながら、涙を流していた。
(……神よ)
(なぜ……)
⸻
町の中央。
王国兵が、民に刃を向ける。
「抵抗するな!」
「離れろ!」
だが、民は――逃げない。
「伯爵様が……!」
「守ってくれた……!」
「なら……!」
一人、前に出る。
農具を持った男。
「行かせねぇ……!」
斬られる。
倒れる。
次。
次。
次。
町兵が、民が――
勇者たちへ、突撃する。
「やめろ!!」
レオンが叫ぶ。
斬る。
倒れる。
それでも、来る。
血の海。
死体の山。
⸻
アレインは、それを見た。
見てしまった。
(……やめろ)
(やめてくれ……)
胸の奥で、何かが――切れた。
「……ああ」
静かな声。
次の瞬間。
魔力が、暴発する。
「――《終焉連鎖》」
空が、歪む。
光が、爆ぜる。
町の一角が――吹き飛ぶ。
王国兵も、町兵も、区別なく。
悲鳴が、消える。
剣聖が、吹き飛ばされる。
「ぐっ……!!」
「剣聖!!」
勇者が、振り返る。
「……伯爵……!」
アレインの瞳は、焦点を失っていた。
「……もう……」
呟く。
「……全部……」
魔力回復薬を、叩き込む。
一瓶。
二瓶。
三瓶。
血を吐きながら、詠唱。
「――《極星落とし》」
空から、光が降る。
地面が、砕ける。
城壁が、崩壊する。
グランデールが、崩れる。
⸻
「止めろ!!」
勇者が、突っ込む。
剣と魔力が、交錯する。
一瞬。
世界が、静止した。
次の瞬間。
アレインの胸を――
勇者の剣が、貫いた。
時間が、止まる。
アレインは、空を見た。
曇った空。
血に染まった町。
「……ああ……」
微笑む。
「……すまない……」
崩れ落ちる。
⸻
火が、上がる。
煙が、町を覆う。
グランデール、陥落。
誰も、勝利を喜ばなかった。




