夜襲
(暗闇・恐怖・折れ始める防衛)
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夜は、音を喰らう。
昼間であれば遠くからでも聞こえる足音や装備の擦れる音が、闇の中では不気味な沈黙に変わる。
その沈黙が、グランデールの城壁を包み込んでいた。
篝火は最小限に抑えられている。
明かりは敵に位置を教える。
だが暗闇は、恐怖を増幅させる。
「……静かすぎる」
城壁の上で、町兵の一人が呟いた。
声が震えているのを、自分でも抑えられない。
その瞬間だった。
――ヒュッ。
空を裂く、低い音。
「伏せろッ!!」
怒号とほぼ同時に、衝撃が炸裂した。
城壁の外側で爆ぜた魔導弾が、石片と炎を撒き散らす。
「来たぞ!!」
次の瞬間、闇の向こうから無数の影が浮かび上がった。
黒い鎧、統一された動き。
松明を持たず、夜に溶け込む王国正規軍の夜襲部隊。
「はしご! 北側!」
「南もだ!」
同時多発的だった。
昼の砲撃で弱った箇所を、正確に狙っている。
――準備されていた夜襲。
「迎撃配置! 第二線、前へ!」
叫ぶ声は、恐怖を押し殺した必死さを帯びていた。
アレインは城壁中央に立っていた。
昼の戦闘から、ほとんど休んでいない。
魔力回復薬を飲み干す動作すら、もう機械的だった。
「……来たか」
声は低く、感情を削ぎ落としたようだった。
城壁をよじ登る敵兵に向け、魔法を放つ。
光が瞬き、数人が吹き飛ぶ。
だが――それでも、止まらない。
「数が……多すぎる……!」
敵は三方向。
小規模だが、波状攻撃。
明確に“削る”戦術だ。
「伯爵様!」
叫び声と同時に、兵の一人が倒れ込んできた。
胸を貫かれ、血が溢れている。
「……下がれ」
アレインはそう言いながら、彼を支えようとして、手を止めた。
――もう、下がる場所がない。
負傷兵で溢れた通路。
治療も追いつかない。
その現実が、胸を締めつけた。
「伯爵様、こちらを!」
兵たちが自然と、アレインを囲むように動く。
盾を構え、身を晒し、前へ。
「……やめろ」
かすれた声は、戦場の喧騒に消えた。
敵兵が一斉に踏み込んでくる。
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
「押し返せ!」
「一歩も引くな!」
叫びながら、兵が突撃する。
明らかに練度は劣る。
それでも、退かない。
――退けば、伯爵が死ぬ。
その意志だけが、彼らを立たせていた。
「……っ!」
アレインは歯を食いしばり、魔法を詠唱する。
だが、魔力の流れが乱れる。
視界が歪み、膝が崩れそうになる。
「伯爵様!!」
兵の一人が、彼の前に飛び出した。
次の瞬間、敵の剣が振り下ろされる。
それを――その兵は、身体で受けた。
「ぐっ……」
崩れ落ちながらも、彼は振り返った。
「……守れて……良かった……」
それが、最後の言葉だった。
アレインの喉が、詰まる。
――もう、何人目だ。
怒りでも、悲しみでもない。
胸の奥に溜まる、重たい何か。
「……下がれ。俺が前に出る」
そう言って、一歩踏み出した瞬間――
城壁の別方向から、悲鳴が上がった。
「突破される!!」
夜襲は成功しつつあった。
防衛線が、明確に揺らぎ始めている。
王国軍側でも、緊張が走っていた。
「損害が出ています!」
「構わん、押せ!」
ローデリック将軍の命令は、冷酷だった。
「今夜で決める。
明日、勇者に戦果を渡すわけにはいかん」
夜襲部隊は、さらに兵を投入する。
犠牲を承知で、圧をかけ続ける。
再び、城壁が揺れる。
「……っ、まだ……!」
アレインは最後の力を振り絞り、杖を掲げた。
高位魔法――
詠唱は、途中で途切れかける。
それでも、放った。
閃光が夜を裂き、敵兵の一団を飲み込む。
だが同時に、アレインの身体が大きく揺れた。
血が、口元から零れる。
「伯爵様!!」
支えようとする兵を、彼は手で制した。
「……まだだ。
まだ……終わらせるわけには……」
その時、遠くで――角笛の音が響いた。
王国軍のものとは、違う。
低く、澄んだ音。
夜襲部隊の動きが、一瞬止まる。
「……何だ?」
ローデリック将軍が、顔を上げる。
「伝令です!
勇者一行が――既に、戦域に入ったとの報告が!」
将軍の表情が、凍りついた。
同じ頃、城壁の上で、アレインもその音を聞いていた。
「……来た、か」
その声に、感情はなかった。
安堵でも、希望でもない。
――終わりが、近づいた。
夜はまだ、終わらない。
だがこの夜襲が、すべてを決定づける。
グランデールの運命も。
アレインの行く先も。




