エピローグ 三つの均衡
王都が陥落してから、三か月が過ぎていた。
かつて王国の中心であった都市は、まだ深い傷を残していた。
城壁は崩れ、街区の多くは焼け落ち、広場には瓦礫が山のように積み上げられている。
それでも。
王都は滅びなかった。
人々は瓦礫を片付け、家を建て直し、再び市場を開き始めていた。
復興の中心にいたのは、一人の青年だった。
勇者である。
あの決戦の日、城門前で力尽きたはずの勇者は、生きていた。
聖女の治癒と神官たちの祈りにより、奇跡的に命を取り留めたのである。
回復には長い時間が必要だった。
しかし王が討たれ、王家の血筋も絶えた今、王国をまとめられる人物は彼しかいなかった。
王城の玉座の間。
かつて王が倒れたその場所で。
勇者は即位した。
ただし、正式な王ではない。
称号は「代王」。
王国が立て直されるまでの、暫定の統治者だった。
王冠はまだ作り直されていない。
壊れた王冠は、そのまま王城の宝物庫に収められている。
勇者は玉座に座ることを望まなかった。
代わりに、玉座の前に置かれた長椅子に腰を下ろし、日々政務を行っていた。
彼の方針は明確だった。
復讐はしない。
戦争も起こさない。
王都の復興を最優先とする。
そして。
もう一つ。
決して触れてはならない存在があった。
アレイン。
王都を滅ぼした死霊王。
勇者は重臣たちに言った。
「彼に手を出してはならない」
その言葉に、貴族たちはざわめいた。
だが勇者は続けた。
「今の王国に、あの男と戦う力はない」
それは事実だった。
王都の軍は壊滅状態。
将軍の多くは戦死し、精鋭部隊もほとんど残っていない。
もし今、再び戦えば。
王国は本当に滅びる。
勇者は言った。
「彼は復讐を果たした」
「それ以上は何もしないだろう」
そして静かに付け加えた。
「……そう願いたい」
王国は、アレインと戦わない道を選んだ。
王都は復興にすべての力を注ぐことになった。
一方。
魔王軍もまた、静観を決めていた。
王都決戦の混乱の中で、魔王軍は南方から進軍し、王国領の一部を占領していた。
南方諸侯領。
その三分の一ほどが、魔王軍の支配下に入った。
それは決して小さな戦果ではない。
だが魔王は、それ以上の進軍を止めた。
理由は単純だった。
アレイン。
あの存在を刺激したくなかったのである。
王都を一人で滅ぼした死霊王。
その力は、魔王軍ですら計り知れない。
魔王は言った。
「今は様子を見る」
勇者とアレイン。
人間と死霊王。
その二つがぶつかれば、世界はさらに混乱する。
魔王はそれを待つことにした。
こうして世界は、奇妙な均衡に入った。
王国。
魔王軍。
そして。
グランデール。
その街は、静かに再建されていた。
かつて王国北方にあった都市。
アレインの領地。
王国軍によって滅ぼされた街。
その廃墟は、今や完全に姿を変えていた。
石畳。
城壁。
家々。
市場。
すべてが再建されていた。
それも、人の手ではない。
アンデッドの手によって。
骸骨兵が石を運び、ゾンビが木材を運び、死霊魔術によって都市は再建されていった。
そして。
ついに、グランデールは完全に再現された。
かつてと同じ街並み。
同じ広場。
同じ家々。
その街を歩く者たちは、人ではなかった。
元グランデールの住民たち。
死してなお、この街に戻ってきた者たちだった。
アンデッドとなった住民たちは、静かに街で暮らしている。
市場には人影があり、家には灯りがある。
生きているわけではない。
だが、そこには確かに日常があった。
街の外では、兵士たちが整列していた。
すべてアンデッド。
数万の軍勢。
彼らはこの街を守る兵士だった。
その軍を統率する者がいた。
一体の黒騎士。
黒い鎧に包まれた騎士。
瞳には蒼い炎が宿っている。
剣聖。
かつて王国最強の剣士と呼ばれた男。
王都決戦で討たれたはずの彼は、今、アンデッドとして蘇っていた。
上位黒騎士。
アレイン直属の守護者。
剣聖のアンデッドは、静かに城門の上から街を見下ろしていた。
そのさらに奥。
領主の館。
そこには一人の存在がいた。
アレイン。
死霊王。
彼は城のバルコニーから街を見ていた。
石畳。
家々。
広場。
すべてが、かつてのグランデールだった。
風が吹く。
旗が揺れる。
静かな街だった。
戦争の気配はない。
復讐も終わった。
アレインはしばらく街を見ていた。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
かつて守ろうとした街。
かつて失った街。
そして。
今、取り戻した街。
世界は今、三つの勢力が均衡していた。
王国。
魔王軍。
そして。
死霊王の都市、グランデール。
三すくみの均衡。
誰も動かない。
誰も戦わない。
静かな時代が訪れていた。
アレインは静かに街を見下ろした。
広場では、アンデッドの住民たちが行き交っている。
市場では荷車が動き、家の窓には灯りがある。
生きてはいない。
だが。
そこには確かに、街があった。
アレインは小さく呟いた。
「……帰ってきたな」
その声は、誰にも届かなかった。
だが。
風が静かに街を吹き抜けた。
グランデールは、再びそこにあった。
そして。
復讐を終えた死霊王は、静かにその街で暮らしていた。
戦いのない日々の中で。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
『英雄と呼ばれた伯爵は、反乱者として切り捨てられた』は、これにて一度完結となります。
初めての小説投稿でしたが、多くの方に読んでいただき、最後まで書き切ることができました。ブックマークや評価、感想をくださった皆様には本当に感謝しています。
この物語は、王国に裏切られすべてを失った伯爵アレインが、死霊王となって復讐を果たすまでの物語でした。
そして復讐の果てに残ったのは、グランデールという街です。
かつて滅ぼされた街を、アンデッドの都市として再建する。
それがアレインにとっての終着点でした。
エピローグでは、その後の世界を少しだけ描いています。
勇者が率いる王国。
南方で勢力を広げる魔王軍。
そして死霊王の都市、グランデール。
三つの勢力が互いを警戒しながら均衡する世界です。
もしこの先の物語を書くことがあれば、数年後の世界で、勇者王と死霊王が再び向き合う物語になるかもしれません。
その時はまた読んでいただけると嬉しいです。
もし本作を楽しんでいただけましたら、評価やブックマーク、感想などをいただけると今後の励みになります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




