玉座の間
王城の門は、静かに開かれていた。
近衛隊長の亡骸の向こう側。
かつて王国の威光を象徴した城門は、今や破壊された石と血にまみれている。
アレインはその門を越えた。
背後に従うアンデッドは、わずかだった。
百にも満たない。
王都を滅ぼした軍勢としては、あまりにも少ない。
それでも、誰も立ち塞がる者はいなかった。
王城の中庭は静まり返っている。
折れた槍。
倒れた騎士。
血に染まった石畳。
最後まで王を守ろうとした兵たちの亡骸が、いくつも横たわっていた。
その中を、アレインはゆっくり歩く。
城内へ続く扉は開かれていた。
誰かが逃げるために開けたのか。
あるいは――
待っているのか。
蒼い光が静かに揺れる。
アレインは王城の廊下を進む。
赤い絨毯。
高い天井。
壁に並ぶ王国の紋章。
かつて何度も歩いた場所だった。
戦勝の報告。
叙爵。
陞爵。
王への謁見。
そのすべてが、この廊下の先にあった。
だが今、その廊下には人の気配がない。
静まり返っている。
足音だけが響く。
カツン。
カツン。
骨の足が石床を叩く音。
やがて、巨大な扉が見えた。
玉座の間。
王が座す場所。
その扉は閉ざされていた。
だが――
鍵はかかっていない。
アレインは手を伸ばす。
重い扉が、ゆっくりと開いた。
ギィ……。
重い音が玉座の間に響く。
広い空間だった。
高い天井。
長い赤絨毯。
その奥に、黄金の玉座がある。
そこに――
王が座っていた。
王冠を戴いたまま。
逃げていない。
その周囲には数人の重臣がいた。
老いた宰相。
軍務卿。
財務卿。
そして。
玉座の前に立つ、一人の少女。
聖女だった。
白い法衣を纏い、杖を握っている。
扉が完全に開く。
アレインが姿を現した。
その瞬間だった。
重臣たちの顔が凍りついた。
「……リッチ」
誰かが呟く。
蒼い光の眼窩。
黒い外套。
骨の身体。
王都を滅ぼした死霊王。
次の瞬間。
重臣たちは一斉に後退した。
「に、逃げろ!」
「王城が落ちる!」
「化け物だ!」
誰一人として剣を抜かなかった。
彼らは扉の脇へと逃げ出し、玉座の間から走り去っていく。
足音が遠ざかる。
残ったのは、三人だけだった。
王。
聖女。
そしてアレイン。
聖女が前へ出る。
震えてはいない。
その目には決意があった。
杖を掲げる。
「ここから先へは進ませません」
静かな声だった。
「あなたは人の敵です」
アレインは何も言わない。
聖女の周囲に光が集まり始める。
神聖力。
王国教会が誇る聖属性魔法。
「退きなさい!」
光が一気に膨れ上がる。
聖女が杖を振り下ろした。
「聖光撃!」
眩い光が放たれる。
聖なる閃光がアレインへ向かって一直線に走る。
アンデッドにとって致命の力。
だが。
アレインの手がわずかに動いた。
風が生まれる。
次の瞬間。
轟音。
上位風魔法。
暴風が玉座の間を貫いた。
聖光が吹き散らされる。
そして。
聖女の身体も宙へと弾き飛ばされた。
「……ッ!」
壁へ叩きつけられる。
杖が床に転がった。
聖女は苦しげに咳き込む。
立ち上がろうとするが、体が動かない。
圧倒的だった。
アレインは一歩、玉座へ近づく。
聖女が必死に叫ぶ。
「王を……!」
だが。
アレインは彼女を見ない。
ただ、玉座を見る。
王は動かなかった。
逃げていない。
玉座に座ったまま、静かにアレインを見ている。
その目には恐怖がなかった。
長い沈黙が落ちる。
玉座の間。
炎の光が窓から差し込む。
王都はまだ燃えている。
王はゆっくり口を開いた。
「……久しいな」
低い声だった。
「アレイン」
その名が玉座の間に響く。
かつて王国の英雄と呼ばれた男の名。
蒼い光が静かに揺れる。
アレインは玉座の前で立ち止まった。
王を見上げる。
王もまた彼を見ていた。
そして言った。
「まさか」
静かな声。
「本当にここまで来るとは思わなかった」
炎の光が王冠に反射する。
王は続けた。
「王国の英雄が」
ゆっくりと息を吐く。
「王国を滅ぼすとはな」
玉座の間は、静まり返っていた。
ついに。
王とアレインが対面した。




