最後の壁
剣がぶつかる音が、夜の王都に響いていた。
甲高い金属音。
爆ぜる魔法。
燃え落ちる建物の轟音。
すべてが混ざり合い、王都の大通りは地獄と化していた。
炎が風に煽られ、屋根から屋根へ燃え移る。
崩れた瓦礫が街路を塞ぎ、煙が空を覆う。
その中で。
兵士たちはまだ戦っていた。
「前を見ろ!」
隊長が怒鳴る。
「足を止めるな!」
槍兵たちが隊列を組む。
「突け!」
一斉に槍が突き出される。
骸骨兵の胸を貫く。
骨が砕け、地面へ崩れた。
勇者が残した結界のおかげで、倒れたアンデッドはもう起き上がらない。
兵士たちはそれを知っていた。
だからこそ、まだ戦える。
若い兵士が荒い呼吸を繰り返す。
顔は煤で黒く汚れ、腕は震えている。
それでも剣を握っている。
隣の兵士が言った。
「……なあ」
若い兵士が振り向く。
「俺たち、生き残れるかな」
一瞬の沈黙。
その兵士は苦笑した。
「無理だろうな」
遠くを見る。
炎の向こう。
巨大な影が動いていた。
アレイン。
死霊王。
若い兵士が唇を噛む。
「でもさ」
槍を握り直す。
「逃げたら、もっと死ぬだろ」
背後には王都がある。
家族がいる。
家がある。
彼は叫んだ。
「王都軍!」
周囲の兵士が振り向く。
「ここで止めるぞ!」
恐怖に満ちた声。
それでも、誰も退かなかった。
だが。
戦場の中心では。
すでに希望が崩れ始めていた。
騎士団長が剣を振るう。
鋭い一撃。
アレインの肩を狙う。
だが。
その剣は、あっさりと弾かれた。
アレインの反撃が来る。
一瞬。
剣が閃いた。
騎士団長の鎧が裂ける。
血が噴き出す。
彼はよろめいた。
その瞬間。
魔導師長が詠唱を完成させた。
「重雷!」
巨大な雷が落ちる。
轟音。
光が街路を白く染めた。
アレインを中心に、石畳が砕け散る。
煙が立ち込める。
兵士たちが息を呑んだ。
「やったか……」
誰かが呟いた。
だが。
煙の中から、ゆっくりと影が現れる。
アレインだった。
骨の腕が砕けている。
外套も半分焼け落ちていた。
それでも。
剣は握られている。
魔導師長が呆然と呟いた。
「……化け物」
その瞬間。
アレインが動いた。
剣が振るわれる。
一閃。
魔導師長の胸が裂けた。
血が噴き出す。
杖が地面に落ちた。
「魔導師長!!」
兵士たちの悲鳴。
魔導師長は倒れた。
その目はまだ開いていた。
信じられないものを見るように。
騎士団長が叫ぶ。
「まだだ!」
血まみれの体で踏み込む。
剣を振り上げる。
「王都は――」
叫び。
「落とさせん!」
全力の一撃。
だが。
アレインの剣がそれを受け止めた。
そして。
静かに返された。
次の瞬間。
騎士団長の腹が裂けた。
彼は膝をつく。
血が石畳へ広がる。
兵士たちが凍りついた。
王都の柱が。
将軍が。
次々と倒れていく。
若い兵士が震える声で言った。
「……もう」
誰も答えない。
その時だった。
騎士団長が顔を上げた。
血だらけの顔で笑った。
「まだだ」
剣を地面に突き立て、立ち上がる。
体は限界だった。
それでも。
まだ立っている。
彼は兵士たちを見た。
炎の中。
傷だらけの兵士たち。
恐怖に震えている。
それでも逃げていない。
騎士団長が言った。
「いいか」
息を吐く。
「俺たちは」
遠くを見た。
王城の塔が炎の向こうに見える。
「王都最後の壁だ」
静かな声。
「壁は」
剣を握り直す。
「倒れるまで、壁だ」
そして。
最後の力で踏み込んだ。
騎士団長が突撃する。
その背中を見て。
兵士たちが叫んだ。
「団長!」
「将軍を一人にするな!」
槍兵が走る。
騎士が剣を振るう。
弓兵が矢を放つ。
炎と煙の中。
王都軍は再び突撃した。
死霊王アレインへ。
王国の最後の壁として。




