王都の決意
王城の作戦議場には、重苦しい沈黙が落ちていた。
壁一面に広げられた戦図。
外郭から王城へ向かう街路には、赤い旗がいくつも突き立てられている。
その半分以上が、すでに黒く塗りつぶされていた。
扉が勢いよく開いた。
「聖堂より急報!」
伝令が駆け込む。
議場の空気が張りつめる。
「勇者殿は……」
宰相が問う。
伝令は息を整えながら言った。
「倒れました」
議場に衝撃が走る。
だが彼は続けた。
「しかし生存しています。聖女殿が確認。現在、聖堂にて治療中」
緊張がわずかに緩む。
「アレインは」
軍務長官が問う。
「健在。戦場に残存」
再び沈黙。
重い沈黙だった。
やがて参謀長が静かに言う。
「被害報告を」
若い参謀が前に出る。
手元の羊皮紙を見つめ、口を開いた。
「まず敵軍――アレイン軍」
「進軍時の総数は約二万」
議場の誰もがその数字を知っていた。
しかし次の言葉で空気が変わる。
「現在までに確認された消滅数」
彼は言う。
「一万一千以上」
ざわめきが起きた。
「半数以上か」
「聖獣と勇者の戦いで一気に減った」
参謀は頷く。
「聖獣顕現により四千以上」
「勇者の神聖剣による蒸発攻撃で千以上」
「剣聖隊の突撃で千五百」
「城壁防衛と魔導砲撃で約四千」
数字を並べる。
「残存兵力は」
一拍。
「約九千」
議場が静まり返る。
その数字は決して少なくない。
だが、絶望的でもなかった。
参謀は続ける。
「さらに重要な報告です」
全員が耳を傾ける。
「勇者殿が倒れる直前――」
「結界を再強化しました」
戦図に白い輪が描かれる。
王城を中心に広がる光の円。
「この結界の影響で」
参謀は言った。
「アンデッドの復活が停止」
「さらに魔力供給が弱まり」
「戦闘能力が低下しています」
軍務長官が目を細める。
「つまり」
参謀ははっきり言った。
「倒せば終わります」
その言葉が議場を変えた。
アンデッドは倒しても蘇る。
それが今までの戦いだった。
だが。
今は違う。
老将が静かに言った。
「勇者は……最後に道を作ったのだな」
誰も否定しない。
やがて軍務長官が言う。
「王都側の被害は」
参謀が答える。
「守備軍初期兵力――約三万」
「戦死四千二百」
「重傷三千五百」
「軽傷二千五百」
紙をめくる。
「戦闘継続可能兵力――」
「約二万」
議場に安堵が広がる。
まだ戦える。
まだ終わっていない。
だが参謀は続けた。
「ただし問題があります」
全員が顔を上げる。
「敵軍残存九千の中に」
彼は言う。
「アレイン本人がいます」
空気が重く沈む。
リッチ。
死霊王。
軍団を率いる亡者の王。
「勇者の神聖力の影響で弱体化はしています」
参謀は言う。
「ですが依然として――」
言葉を選ぶ。
「軍団級の戦力」
誰かが呟く。
「結局……奴を倒さねば終わらんか」
軍務長官が戦図を見つめた。
「城門は」
伝令が答える。
「内郭城門、損壊大」
「突破は時間の問題」
老将が静かに言った。
「ならば城門に固執するな」
全員が振り向く。
彼は戦図の内側を指す。
「市街戦だ」
参謀が息を呑む。
「街路は狭い」
「建物が多い」
老将は続ける。
「大軍は展開できん」
「数の差を殺せる」
軍務長官がゆっくり頷いた。
「残存兵力二万」
拳を握る。
「敵は九千」
そして言う。
「しかも復活しない」
議場に熱が戻る。
「勝てる」
誰かが言った。
「勇者が作った状況なら」
「勝てる」
軍務長官が立ち上がる。
「勇者殿は最後の力で結界を強化した」
「これ以上アンデッドは生まれない」
「ならば」
剣を叩く。
「この好機を逃すわけにはいかん」
伝令たちが整列する。
命令が告げられる。
「全軍へ通達」
「内郭城門が破られ次第――」
一拍。
「王都市街で迎撃」
戦図の内側に、新たな防衛線が引かれる。
中央市場。
職人街。
貴族街。
すべてが戦場になる。
軍務長官は言った。
「勇者が倒れ」
「剣聖が死に」
「聖獣が消えた」
だが顔を上げる。
「王都はまだ落ちていない」
遠くで、重い衝撃音が響いた。
内郭城門が揺れる。
次の衝撃で砕けるだろう。
老将が剣を抜く。
「市街戦準備」
低い声。
「王都で迎え撃つ」
議場の将軍たちも剣を取る。
勇者が残した結界の光が、
王都の夜を淡く照らしていた。
そして――
城門の外では、
アレイン軍九千が静かに迫っていた。




