死者の王
勇者の剣が振り下ろされる。
王国剣術、最終奥義――光裂斬。
白い光が夜を裂いた。
その一撃は、逃げ場がない。
勇者の血で描かれた聖印が、アレインの足元で輝いている。
聖女の拘束術式。
神聖属性の封縛。
アンデッドであるリッチには、最も強力な拘束だ。
アレインの足が動かない。
杖も動かない。
完全に捕らえている。
城壁の上で兵士が叫んだ。
「決まった!」
「勇者様が――!」
剣が落ちる。
光がアレインの身体を貫いた。
骨が砕ける。
肋骨が吹き飛ぶ。
頭蓋が割れる。
青い魂火が揺れる。
そして。
リッチの身体が、真っ二つになった。
勇者が着地する。
剣を構えたまま、息を吐く。
戦場は静まり返っていた。
誰も声を出さない。
ただ見ている。
リッチの身体は、完全に破壊されていた。
骨は砕け、ローブは裂け、魂火も消えかけている。
勇者は剣を下ろした。
「……終わりだ」
その時だった。
戦場の空気が、変わった。
冷たい。
底なしの冷気。
勇者の背筋が凍る。
足元の影が揺れた。
黒い霧が集まり始める。
死体。
瓦礫。
血。
それらすべてから、黒い霧が立ち上る。
勇者が顔を上げる。
「……何だ」
砕けたはずのアレインの骨が、動いた。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
黒い霧が骨を包む。
魂火が再び灯る。
青い炎。
いや――
今度は違う。
深い紫。
より濃く。
より重い。
勇者の声が震える。
「……嘘だろ」
砕けた骨が浮かび上がる。
魔力が再構成する。
骨が戻る。
肋骨が繋がる。
頭蓋が閉じる。
ローブが黒い霧で編み直される。
数秒後。
そこには再び。
リッチ――アレインが立っていた。
だが。
先ほどとは違う。
魔力の質が変わっていた。
濃い。
重い。
まるで戦場全体がアレインの魔力になったようだった。
勇者が後退する。
「……魂核」
アレインの胸の奥。
骨の奥で、紫の光が燃えている。
リッチの本体。
魂の器。
勇者は理解した。
「身体は……ただの器か」
アレインが杖を拾う。
ゆっくりと。
何事もなかったかのように。
そして言う。
「理解が遅い」
勇者が歯を食いしばる。
「……なら」
剣を構える。
「魂核を壊す」
アレインの眼窩の光が揺れる。
「出来るならな」
杖が上がる。
戦場の死体が震える。
数千。
数万。
王都外郭で死んだ者たち。
北方戦線で死んだ兵。
今夜倒れた兵士たち。
すべてが動き始める。
勇者の顔が強張る。
「……こんな数」
死体の海が立ち上がる。
アンデッドの軍勢。
先ほどまでとは桁が違う。
死霊術の奥義。
戦場支配。
アレインの声が響く。
「ここは墓場だ」
杖が地面に触れる。
巨大な魔法陣が展開される。
王都外郭全体。
石畳が黒く染まる。
城壁の兵士が叫ぶ。
「死体が……!」
「全部動いてる!」
勇者は呟く。
「……馬鹿な」
アレインは静かに言った。
「戦場で」
「死霊術師に勝てると思ったか」
アンデッドの軍勢が勇者へ向かう。
剣が振るわれる。
十体が倒れる。
だが百体が来る。
勇者は叫ぶ。
「くそ!」
剣が唸る。
骨が砕ける。
だが止まらない。
勇者が気付く。
これは。
終わらない。
いくら斬っても終わらない。
アレインは遠くから見ている。
ただ静かに。
戦場の王のように。
勇者が叫ぶ。
「アレイン!」
アレインが顔を上げる。
勇者が言う。
「お前はこれで満足なのか!」
アンデッドが迫る。
勇者が斬る。
叫ぶ。
「これが復讐か!」
アレインは答える。
その声は静かだった。
「違う」
杖がわずかに動く。
アンデッドが止まる。
戦場が一瞬静まる。
アレインは王都を見る。
城壁。
宮殿。
王の旗。
そして言う。
「これは」
「終わりだ」
勇者が息を呑む。
アレインの魔力がさらに膨れ上がる。
戦場の死体がすべて立ち上がる。
数万。
黒い軍勢。
王都を埋め尽くす。
城壁の兵士が震える。
誰かが呟いた。
「……勝てない」
勇者は剣を握る。
血まみれの手で。
それでも構える。
アレインが杖を掲げる。
死者の王。
その声が戦場に響いた。
「進め」
アンデッドの軍勢が動き出す。
王都へ。
城壁へ。
そして勇者へ。
王国最後の戦いが。
今、本当に始まった。




