表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/56

正規軍迫る


――圧倒的物量と、民が“戦争”を実感する日



最初に見えたのは、

土煙だった。


グランデール北街道。

見張り塔に立つ町兵が、目を凝らす。


晴天。

風は弱い。

それでも地平線の向こうが、揺れている。


「……来たぞ」


その声は、かすれていた。


やがて、

黒い線が現れる。


一つではない。

幾筋も、幾重にも。


槍の穂先が太陽を反射し、

旗が、風もないのにはためいている。


王国正規軍。


噂でも、報告でもない。

現実の――

軍隊だった。



鐘が鳴る。


一度。

二度。

三度。


非常鐘。


町中に、緊張が走る。


市場は即座に閉じられ、

露店は放り出され、

人々は我先にと家へ戻る。


子どもが泣き、

母親が抱き寄せ、

老人が立ち尽くす。


「戦争……?」


誰かが呟いた。


それは、

誰もが薄々理解していながら、

口に出さなかった言葉だった。



城壁の上。


アレインは、

双眼鏡越しに行軍を見つめていた。


重歩兵。

盾列。

騎兵。

魔導兵。


補給馬車が、

延々と続いている。


「……三万」


副官が、

乾いた声で言う。


「間違いないな」


「はい。

 先鋒だけで五千以上」


アレインは、

ゆっくりと目を閉じた。


――本気だ。


討伐でも、威嚇でもない。

制圧戦。



「伯爵様」


別の将校が、

躊躇いがちに進み出る。


「町民が……

 混乱しています」


「当然だ」


「逃げろと、

 はっきり告げた方が……」


アレインは、

首を振った。


「恐怖だけを与えるな」


そう言ってから、

自分に言い聞かせるように続ける。


「まだ、時間はある」


だが――

それは、

自分自身を納得させる言葉でもあった。



正規軍は、

あからさまに急がなかった。


陣形を保ち、

隊列を乱さず、

淡々と距離を詰める。


それが、

何よりも恐ろしい。


「……遊ばれてる」


町兵の一人が、

歯を噛みしめる。


「いや」


ベテラン兵が、

低く言った。


「消耗させる気だ」



夕方。


正規軍の先頭が、

射程外で停止する。


そこから、

信じられない光景が広がった。


幕舎。

柵。

補給拠点。


一晩で、陣地が作られていく。


「……本当に、

 戦争なんだな」


誰かの声が、

震えた。



夜。


町は、

不自然なほど静かだった。


灯りは落とされ、

窓は閉ざされる。


いつもの酒場も、

今日は開かない。


人々は、

食料を抱え、

祈るように身を寄せ合う。


「王様が……

 助けてくれるんじゃ……」


そう言った老女の声は、

誰にも拾われなかった。



城内、作戦室。


地図の上には、

赤い印が無数に打たれている。


包囲予定線。


補給遮断点。


「完全に囲まれます」


副官が言う。


「二日……

 いや、三日で」


アレインは、

無言で頷いた。


「民の退避は?」


「……想定より遅れています」


「理由は」


「“ここを離れたくない”と」


その言葉に、

アレインの表情が歪む。



「……俺のせいだ」


誰にも聞こえない声。


守った。

救った。

戦った。


その結果――

信じさせてしまった。


「伯爵がいる限り、

 大丈夫だ」


その幻想が、

今、民を縛っている。



深夜。


正規軍陣地から、

角笛が鳴った。


一度だけ。


偵察兵が、

青い顔で戻る。


「将軍の布陣が、

 完了しました」


「……夜襲は?」


「ありません」


それが、

答えだった。


余裕。

圧倒。



城壁の上で、

アレインは立ち尽くしていた。


遠く、

無数の焚き火が揺れている。


星のように。

いや――

地上の星。


「あれが……

 王国か」


胸の奥で、

何かが軋む。


それは、

怒りでも、

恐怖でもない。


失望だった。



その夜、

グランデールの誰もが悟った。


これは、

小競り合いではない。


反乱の疑いでもない。


国と町の戦争だ。


そして――

逃げ場は、

もう、ほとんど残されていなかった。



城の鐘が、

低く鳴る。


次に鳴る時、

それは――

戦闘開始の合図になる。


アレインは、

ゆっくりと拳を握りしめた。


「……間に合わせる」


誰にともなく、

そう誓って。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ