表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/143

破砕

聖獣はなお戦場の中央に立っていた。


白き翼を広げ、雷光を纏う巨大な存在。


王都の兵たちは、その姿を見上げていた。


神の使い。


古き魔王を討った聖獣。


この王国を守る最後の奇跡。


だが――


その光は、明らかに弱まっていた。


翼が揺らぐ。


輪郭がわずかに透ける。


聖獣の咆哮は、先ほどまでの天を裂く轟きではなく、どこか遠くの嵐のように聞こえる。


勇者は剣を握り直した。


「……聖女!」


聖女は神聖玉の前で膝をついていた。


両手で玉を支え、祈り続けている。


唇から血が流れていた。


神聖玉。


大聖堂に封じられていた王国の秘宝。


古の魔王討伐の際、聖獣を封じたとされる神具。


だが今。


その表面には無数の亀裂が走っていた。


細い線が、蜘蛛の巣のように広がっている。


聖女の指先が震える。


「まだ……持ちます……」


祈りを強める。


光が一瞬だけ強まる。


聖獣が咆哮する。


雷が再び戦場を焼いた。


アンデッドの群れが蒸発する。


屍巨人が倒れる。


黒騎士が砕ける。


城壁の兵たちが叫ぶ。


「まだ戦える!」


「聖獣様がいる!」


「勝てるぞ!」


勇者も再び踏み込む。


神聖剣が光る。


アレインへ斬り込む。


骨が砕ける音。


アレインの胸骨が粉砕される。


だが。


倒れない。


リッチの魂核はまだ健在だった。


アレインは勇者を見ている。


空洞の眼窩で。


その視線は、勇者ではなく――


後方。


神聖玉へ向いていた。


(限界)


媒体の耐久。


祈りの持続。


聖獣は永遠ではない。


勇者が再び斬撃を放つ。


剣聖も横撃を加える。


聖獣が雷を落とす。


戦場が白く染まる。


その瞬間。


神聖玉から小さな音がした。


ぱき。


聖女が息を呑む。


玉の表面の亀裂が広がった。


一本ではない。


何本も。


祈りを強める。


光が再び集まる。


聖獣が翼を打つ。


だが。


羽ばたきが重い。


聖女の手が震える。


血がぽたりと玉に落ちた。


「まだ……まだ……!」


城壁上で軍務卿が叫ぶ。


「維持しろ!」


王も立ち上がる。


勇者も焦りを覚える。


終わらせなければならない。


今ここで。


勇者は踏み込んだ。


神聖剣が光を放つ。


アレインへ振り下ろす。


その瞬間。


神聖玉の亀裂が大きく広がった。


ぱき、ぱき、ぱき。


聖女の顔から血の気が引く。


聖獣の身体が揺らぐ。


輪郭が一瞬だけ崩れる。


勇者の剣が止まる。


「……!」


聖女が叫ぶ。


「だめ……!」


だがもう遅い。


神聖玉に走る亀裂が、一つに繋がる。


蜘蛛の巣状のひびが、玉全体を覆う。


聖獣が最後の咆哮をあげる。


天を裂くような声。


雷が最大出力で落ちる。


戦場が白く爆ぜる。


アンデッドが数千単位で消滅する。


屍の海が蒸発する。


そして。


静寂。


聖獣の身体が、ゆっくりと透けていく。


聖女が泣き叫ぶ。


「まだ……!」


祈りを続ける。


だが神聖玉の亀裂は止まらない。


そして。


乾いた音が響いた。


――ぱきん。


神聖玉が割れた。


中央から真っ二つに。


聖獣の身体が崩れる。


翼が光の粒となって散る。


巨大な身体が、夜空へ溶けていく。


最後に残ったのは。


わずかな光の残滓だけ。


それも、風に消えた。


戦場は静まり返った。


城壁上の兵たちは声を失う。


誰も動けない。


誰も言葉を発しない。


ただ、見ていた。


奇跡が消える瞬間を。


聖女は崩れ落ちた。


砕けた神聖玉を抱きしめたまま。


勇者は立ち尽くす。


剣を握ったまま。


その視線の先。


戦場の中央。


そこに。


アレインは立っていた。


半壊した身体で。


胸骨は砕け、腕は欠けている。


それでも。


倒れていない。


黒い霧がゆっくりと彼の背後に集まる。


死の残滓。


アンデッドの魂。


戦場の亡霊。


それらが再び集まり始める。


城壁上で誰かが呟いた。


「……終わった」


奇跡が終わった。


聖獣はいない。


神聖玉は砕けた。


結界はまだある。


だが。


もう誰も「勝てる」とは言わなかった。


アレインが一歩前へ出る。


骨の足が石畳を踏む。


その音が、王都に響いた。


勇者は剣を構える。


だがその声は、先ほどまでの力強さを失っていた。


「……まだだ」


アレインは何も言わない。


ただ。


静かに杖を持ち上げる。


夜が、さらに深くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ