外郭
――外郭
北の地面が震える。
最初は、風の音かと思った。
やがてそれは規則的な重低音へと変わる。
外郭の北区。
門を閉ざされた市民たちは、城壁の影に身を寄せ合っていた。
逃げ場はない。
内郭の城門は固く閉じられ、兵が並ぶ。
上から見下ろす視線。
下に取り残された人々。
そして、北から来る影。
黒い線が、形を持つ。
二万のアンデッド。
整然と、静かに。
略奪も、咆哮もない。
ただ進む。
十三歳のルカは、瓦礫の陰からそれを見た。
父はいない。
門は開かない。
足が震える。
誰かが叫ぶ。
「許してくれ!」
誰に向けた言葉か分からない。
アンデッド軍は外郭城壁前で止まった。
一斉に動きが止む。
その中央が割れる。
黒衣の影が前へ出る。
アレイン。
白骨の杖を持ち、ゆっくりと王都を見上げる。
内郭城壁上、勇者が立っていた。
遠い距離。
だが互いを認識している。
視線が、交差する。
その間に――
取り残された市民たち。
ルカは気づく。
アンデッドが、こちらを見ている。
だが、襲わない。
誰も動かない。
ただ、待っている。
ざわめきが広がる。
「なぜ……」
一人の老人が、震える足で前へ出た。
「殺すのだろう……?」
アレインは視線を落とす。
外郭に集められた人々。
老人。女。子供。
武器を持たぬ者。
彼らは敵ではない。
敵は、城壁の向こうだ。
杖がわずかに傾く。
アンデッド軍が動く。
市民の間に、道を作るように。
悲鳴が上がる。
だが斬らない。
触れない。
整然と隊列を組み直し、外郭を通過する。
まるで、そこに人がいないかのように。
いや。
意図的に避けている。
ルカの前を、鎧姿の骸骨兵が通る。
胸元に刻まれた紋章。
ノルディア公爵家。
かつて王国を守った兵。
今は死者。
その空洞の眼窩が、少年を一瞬捉える。
だが剣は振るわれない。
ただ、進む。
内郭城壁上がざわめく。
「なぜ襲わない!」
「外郭を盾に使うのではないのか!」
軍務卿が唸る。
「違う……」
勇者は低く言う。
「彼は、見せている」
誰を守り、誰を切り捨てたのか。
王都が閉じた門。
取り残された民。
そして、それを殺さぬアンデッド。
復讐は、無差別ではない。
矛先は、王都。
アレインがゆっくりと顔を上げる。
内郭城壁を見上げる。
声は発しない。
だが意志は明確だった。
――門を開けるか。
沈黙が、外郭を包む。
取り残された市民は、震えながらその場に立ち尽くす。
誰も殺されない。
だが、救われもしない。
アンデッド軍は外郭を完全に制圧する。
城門前に布陣。
攻城陣形。
魔導砲の射程外ぎりぎり。
距離を測っている。
計算している。
ルカはその背中を見る。
黒衣の背。
父の話していた英雄に、どこか似ている気がした。
違う。
だが、同じ。
アレインは杖を地に突き立てる。
地面に黒い紋様が広がる。
準備。
攻城の。
内郭城壁上で鐘が鳴る。
戦が、始まる。
だが外郭は、静かだ。
血は流れない。
ただ、王都の罪が晒された。
門を閉じた都。
殺さぬ復讐者。
そして、二万の死者軍。
王都まで、あと一枚の壁。




