門が閉じる日
王都外郭、北区。
城壁の影に広がる職人街は、まだ戦後の修復に追われていた。
瓦礫を積み、焼け跡を均し、店を建て直す。
魔王軍との戦いから、ようやく立ち直りかけたばかりだった。
その昼、鐘が鳴った。
避難の鐘。
だが音は、どこか違った。
急き立てるように、短く、鋭い。
「内郭へ移動せよ!」
兵が叫ぶ。
「外郭住民は直ちに南門へ!」
ざわめきが広がる。
「七日あるはずじゃなかったのか?」
「要塞が守ると……」
答える者はいない。
母親が子を抱き、商人が荷をまとめ、老人が杖を探す。
だが南門へ向かう道は、すでに混雑していた。
押し合い、怒号。
兵が制止する。
「身分証を提示しろ! 順に通す!」
通行証。
内郭に住む親族の有無。
職種。
選別が始まる。
鍛冶職人の男が詰め寄る。
「俺は王都の武具を作ってる! 通せ!」
兵は視線を逸らす。
「命令だ。内郭登録者のみ優先」
女が泣き叫ぶ。
「夫は城壁で働いてるのよ!」
だが兵は動かない。
命令だからだ。
門の上では、滑車が軋む音がする。
まだ閉じてはいない。
だが準備は始まっている。
⸻
十三歳の少年、ルカは父の袖を掴んでいた。
父は石工。
「父さん、僕も中へ入れるよね」
父は答えない。
石工は外郭登録。
内郭への移住申請は、まだ通っていなかった。
母はすでに病で亡くなっている。
家族は二人きり。
兵が叫ぶ。
「残り二刻で門を閉じる!」
怒号が広がる。
「嘘だろ!」
「二日あるんじゃなかったのか!」
「要塞はどうした!」
誰も答えない。
噂が走る。
三日で落ちた。
伯爵は死んだ。
アンデッドは止まらない。
恐怖が、形を持つ。
人は押し合い、倒れ、踏まれる。
ルカは父の手を強く握る。
だが波に飲まれ、指が離れた。
「父さん!」
視界が揺れる。
人の背中しか見えない。
やがて、門の前に辿り着く。
兵が槍で道を塞ぐ。
「登録証は」
ルカは何も持っていない。
父もいない。
兵の目が揺れる。
若い兵だ。
まだ二十にも満たない。
唇を噛み、首を振る。
「通せない」
その瞬間、門上から号令が響く。
「閉門準備!」
滑車が動く。
重い鎖が軋む。
群衆が悲鳴を上げる。
「待て!」
「子供だけでも!」
「頼む!」
だが門は、ゆっくりと下り始める。
鉄が地面を擦る音。
ルカは呆然と立ち尽くす。
門の向こうには、整然とした内郭の石畳。
門のこちらには、土と埃と、取り残された人々。
最後に、兵が目を逸らした。
門が落ちる。
鈍い音。
外郭は、切り離された。
⸻
夕刻。
北の空が、黒い。
遠くに見える。
線のような影。
それが動いている。
誰かが呟く。
「……来る」
逃げ場はない。
外郭の城壁は低い。
魔導砲はない。
内郭の城壁の上に、兵が並ぶ。
外郭には、誰もいない。
いや、いる。
取り残された市民がいる。
ルカは瓦礫の陰に座り込む。
父は戻らない。
門は閉じたまま。
北の地面が、震える。
アンデッドの軍勢は、まだ遠い。
だが確実に近づいている。
内郭の上で、鐘が鳴る。
戦の合図。
外郭では、泣き声が広がる。
王都は守る。
そのために、切り捨てた。
門は閉じた。
開かない。
北の空が、完全に黒に染まる。




