七日間
王都一の要害。
それが、
ガルディア要塞である。
断崖に囲まれ、河川を天然の堀とし、三重の城壁を備える。
城門は二重鉄扉。
城壁上には王国最新式の魔導砲が六基配備されている。
本来の想定は、北方公爵家が突破された最悪の事態。
そのための楔。
軍議の席で老将軍は言った。
「相手はアンデッドだ。統率はあるが、士気はない」
軍務卿が続けた。
「魔導砲は対集団戦に有効。城壁は堅固。七日なら稼げる」
恐怖はあった。
だが理屈は通っていた。
アンデッドは飢えないが、策も少ない。
補給も不要だが、突破力は限られる。
七日。
七日あれば王都は整う。
だからこそ、ディアルド伯爵は命を受けた。
⸻
出陣の日。
王都を背に、一万の兵が進む。
周辺領からの緊急徴兵。
十三歳以上の男子。
槍を持つにはまだ細い腕。
震える指。
少年兵が隊列に並ぶ。
ディアルドはそれを見て、目を伏せた。
だが、止めなかった。
止められなかった。
⸻
要塞到着。
兵は持ち場につく。
魔導砲が装填され、弓兵が整列。
伯爵は城壁から北を見た。
黒い線。
やがて、それは軍勢の形を成す。
二万。
静かすぎる軍。
太鼓も角笛もない。
だが――
伯爵の目が、わずかに細まる。
「あれは……」
鎧。
整っている。
錆びた雑兵ではない。
板金は磨かれ、盾は統一され、陣形も乱れない。
そして胸元に刻まれた紋章。
狼の横顔。
ノルディア公爵家の家紋。
副官が息を呑む。
「まさか……公爵軍の……」
北方公爵軍の亡骸。
それが今、整然と並んでいる。
ディアルドの喉が鳴る。
公爵軍を破っただけではない。
取り込んだ。
利用している。
それは単なる数の脅威ではない。
意志だ。
⸻
「魔導砲、放て!」
轟音。
光弾が炸裂し、前列を吹き飛ばす。
肉片が舞い、鎧が砕ける。
城壁上に歓声が上がる。
「効いている!」
弓兵が射る。
投石器が唸る。
油壺が落ち、炎が広がる。
アンデッドは倒れる。
砕ける。
燃える。
善戦だった。
確かに善戦だった。
だが。
倒れた骸が、再び動く。
焼け焦げた鎧が、立ち上がる。
欠けた頭蓋が、剣を握る。
少年兵が槍で突く。
確かに貫いた。
だが腕を掴まれ、引き倒される。
喉に歯が食い込む。
叫びが、短く途切れる。
十三の少年が、泥に沈む。
次の瞬間、その少年が立ち上がる。
虚ろな目で、味方へ向く。
城壁上で悲鳴が連鎖する。
「撃て! 撃ち続けろ!」
ディアルドは叫ぶ。
魔導砲が再び火を噴く。
だが弾数は有限。
三日目。
兵は半減。
少年たちの列は、空白だらけになる。
城門前に、黒衣の影が現れた。
アレイン。
杖を携え、ただ立つ。
戦は止まる。
彼が前へ出ると、軍勢が道を開ける。
ディアルドは門前へ降りる。
血に濡れ、息も荒い。
「アレイン!」
声が響く。
「なぜここまで!」
空洞の眼窩が向く。
感情は見えない。
ただ静かな声。
「七日か」
伯爵の胸が軋む。
「通さぬ!」
その瞬間。
空気が凍る。
アレインの周囲に魔力が収束する。
高位魔法。
詠唱はない。
ただ、発動。
地が唸る。
城門の前に黒い亀裂が走る。
石が軋み、鉄が悲鳴を上げる。
「退け――!」
叫びは遅い。
爆裂。
内側から城門が破砕された。
衝撃波が兵を吹き飛ばす。
第二門も、続けて崩壊。
圧倒的。
これが格の違い。
魔導砲が狙いを定める。
だが次の瞬間、砲身が凍結し砕け散る。
アンデッド軍が雪崩れ込む。
城壁は突破された。
善戦は、ここで終わる。
一万の兵。
老兵も、若者も、少年も。
血に沈む。
ディアルドは膝をつく。
三日。
七日には遠い。
王都への道が、開いた。
アレインが近づく。
止めを刺せる距離。
だが。
「王都で待つ」
それだけを残し、背を向ける。
軍は動く。
伯爵は生かされた。
周囲には、無数の亡骸。
ノルディアの紋章が、血に染まる。
やがて静寂。
夕暮れ。
城壁の上に立ち、王都を見る。
守れなかった。
七日。
家族。
約束。
剣を抜く。
「……許せ」
刃が沈む。
城壁に、静かな終わりが訪れる。
王都まで、あと二日。
時間は、失われた。




