アレイン進軍
旧グランデールの空は、澄みきっていた。
雲ひとつない蒼穹の下、二万のアンデッドが整然と並ぶ。
腐臭も、呻きもない。ただ静かな軍勢。
その中央に、アレインは立っていた。
「進む」
短い命令が落ちる。
それだけで大地が震えた。
骨の兵、屍の騎士、魔導骸骨。
死者たちは音もなく隊列を組み、南へと歩みを開始する。
王都へ。
復讐の名のもとに。
背後には十万のアンデッドを残す。
旧グランデールを守るための守備軍。
それは、かつて守れなかった地への贖罪でもあった。
アレインは振り返らない。
王都の方角だけを見つめていた。
怒りは燃えている。
だが激情ではない。
静かな、確定した決意。
王国に思い知らせる。
自らが切り捨てた“英雄”の重みを。
死者の軍勢は進む。
草は枯れず、村は襲われない。
ただ、道が黒く染まるだけだった。
⸻
北方公爵家
北方公爵は報告を受けた時、深く息を吐いた。
「……進路は王都か」
安堵が、わずかに混じる。
自領ではない。
それだけで、救われた気がした。
だがすぐに顔は曇る。
「援軍は……出せぬな」
副官を失い、精鋭を半ば失い、城塞は改修途上。
兵は足りない。
武器も足りない。
民心も揺らいでいる。
王都へ駆けつける余力は、ない。
それでも胸は重い。
王国の盾として歴史を刻んできた家が、
今やただ、領内の立て直しに汲々としている。
「状況把握を急げ。周辺領の動きも探れ。
難民の再配置を優先する」
命令は現実的だった。
感情を挟む余地はない。
だが一瞬だけ、彼は目を閉じる。
――アレイン。
討つと決めた。
討たねばならなかった。
だが今、王都へ向かう背を思うと、
胸の奥に微かな痛みが走る。
王都は持ちこたえられるか。
それとも――。
公爵は思考を振り払う。
「我らは我らの務めを果たす」
それしかない。
⸻
魔王城
黒雲が渦巻く尖塔の上で、報はもたらされた。
「アレイン、王都へ進軍を開始」
玉座に座す魔王は、薄く笑った。
「ほう」
側近の魔将が進み出る。
「北方は手薄。今なら奪取も可能かと」
確かにそうだ。
北方公爵家は壊滅的被害。
王都は魔王軍との戦いで疲弊。
攻める好機。
だが魔王は首を横に振る。
「触れるな」
「は?」
「リッチを刺激するな。あれは怒りで動いている。
今、横槍を入れれば、矛先はこちらへ向く」
沈黙。
魔王は続ける。
「勇者と潰し合えばよい」
それが最善。
王国の象徴と、裏切られた英雄。
どちらが勝とうと、消耗は避けられぬ。
「我らは静観だ。軍を動かすな」
魔将は膝をついた。
「御意」
魔王は遠くを見る。
アレイン。
かつて魔王軍と刃を交えた男。
今は王国へ牙を剥く存在。
皮肉なものだ。
「世界は、勝手に均衡を崩す」
魔王城は動かない。
だが、視線は常に北を向いていた。
⸻
街道
アレインは歩みを止めない。
報告が入る。
「北方公爵軍、追撃なし」
「魔王軍、動きなし」
当然だ。
皆、計算している。
利用しようとしている。
だが構わない。
復讐は、他者の思惑を超える。
王都が近づくにつれ、
空気は変わる。
かつて守った城壁。
かつて立った城門。
あの場所で、自分は裁かれた。
民衆の歓声。
勇者の剣。
王の宣告。
すべてが蘇る。
感情は揺れない。
もう涙はない。
「進め」
死者たちは進む。
静かに、確実に。
王都へ。




