隣接貴族軍の侵攻
―― それは戦争ではない、と彼らは言った
最初の報は、
夜明け前に届いた。
「南東街道に、
軍勢を確認!」
城壁の見張り兵の声が、
まだ眠る町に響く。
アレインは、
即座に外套を羽織った。
「規模は?」
「……二千ほど。
旗印は――」
一瞬の沈黙。
「――バルツァー家です」
⸻
バルツァー伯爵家。
グランデールに隣接する、
中堅貴族。
王都への忠誠が厚く、
武勲に乏しい代わりに
「秩序」を重んじる家だ。
つまり。
「王都の顔色を、
誰よりも見る家だな」
アレインは、
低く呟いた。
⸻
城壁の上。
霧が晴れ始め、
軍勢の輪郭が見える。
整った陣形。
旗は、
堂々と掲げられている。
侵略ではない。
あくまで、
“正規の軍事行動”だ。
⸻
「伯爵様……」
隣に立つ町兵が、
唾を飲む。
「正規軍では、
ないですよね」
「ああ」
アレインは、
目を離さず答えた。
「だからこそ、
来た」
⸻
バルツァー軍の前列から、
一騎が進み出る。
「グランデール伯、
アレイン・フォン・グランデール殿!」
拡声の魔具越しに、
声が響く。
「我らは、
王国秩序維持のため、
この地に赴いた!」
言葉は、
丁寧だ。
敵意を、
必死に隠している。
⸻
「貴殿が反乱の意志を
持たぬことは承知している!」
「だが、
民の動揺が広がっているとの報告がある!」
「ゆえに、
我らは一時的に――」
アレインは、
一歩前に出た。
「――踏み込むな」
静かな声だった。
だが、
城壁の兵たちは息を止めた。
⸻
「これは警告だ」
「貴殿らは、
正式な討伐命令を持たぬ」
「この一線を越えれば、
戦闘と見なす」
一瞬。
バルツァー側が、
ざわめいた。
彼らは、
“脅し”に来たのだ。
本気で撃ち合うつもりは、
なかった。
⸻
「伯爵殿!」
使者が、
声を張り上げる。
「我らは、
戦を望んでいない!」
「ならば、
引け」
それだけだった。
⸻
沈黙。
そして。
号令が、
かかった。
⸻
「……前進!」
バルツァー軍が、
動いた。
ゆっくりと。
様子を窺うように。
「――撃て」
アレインは、
躊躇なく命じた。
⸻
魔法弓の光が、
朝霧を裂く。
先頭の兵が、
倒れた。
「なっ……!」
想定外だったのだろう。
本当に、
撃たれるとは思っていなかった。
⸻
「魔法部隊、前へ!」
バルツァー軍も、
応じる。
だが。
彼らの魔法は、
甘い。
照準も、
間合いも。
“戦場”を、
知らない。
⸻
「第二陣、
左右展開!」
アレインの指示で、
町兵が動く。
訓練ではない。
これまで、
魔族相手に
何度も死線を越えてきた兵たちだ。
⸻
バルツァー軍の前列が、
崩れる。
「ば、馬鹿な……!」
使者の顔が、
青ざめる。
「たかが辺境伯爵の私兵が……!」
「――違う」
アレインは、
低く言った。
「彼らは、
“兵”だ」
⸻
その時。
バルツァー軍後方から、
魔法の詠唱が走った。
数で押すつもりだ。
「……仕方ない」
アレインは、
一歩踏み出した。
魔力が、
周囲を歪める。
⸻
「退け」
それだけだった。
次の瞬間。
空が、
割れた。
高位魔法――
《重圧落雷》
雷光が、
敵陣中央に落ちる。
地面が、
爆ぜる。
悲鳴。
瓦解。
⸻
「……撤退だ!
撤退!!」
命令が、
飛び交う。
もう、
“秩序維持”ではない。
明確な敗走だ。
⸻
戦闘は、
一刻も経たずに終わった。
城壁の上。
兵たちは、
息を荒げている。
死者は、
出た。
だが、
最小限だ。
⸻
被害報告が、
上がる。
グランデール側:
死者二十三
重傷者四十六
バルツァー軍:
死者二百超
負傷者数不明
「……あり得ない」
誰かが、
呟いた。
数では、
圧倒的に不利だった。
それでも、
勝った。
⸻
アレインは、
拳を握り締めた。
これは、
勝利ではない。
「……これで、
火が付いた」
誰も、
否定しなかった。
⸻
遠く。
敗走する軍勢を、
見送りながら。
アレインは、
確信していた。
次に来るのは、
“様子見”ではない。
⸻
ローデリック将軍。
王国正規軍。
そして――
勇者。
⸻
グランデールは、
もう引き返せない。
戦争は、
始まってしまった。




