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北の動き

夜が、静かに明けていった。


ノルディア公爵邸の会議室を出た重臣たちは、誰一人として無駄な言葉を交わさなかった。


決まったのだ。


北方公爵家は、アレインを討つ。


情を抱いたまま。


理解を抱いたまま。


それでも、止める。


廊下の窓から見える北の空は、薄く白み始めている。


白嶺城の鐘が、一つ鳴った。


それは日常の鐘ではない。


動員の鐘。


城内が一斉に動き出す。


兵站部が倉庫を開き、封印された魔導兵器が解かれる。


鍛冶場では火が強まり、騎兵隊の厩舎では馬がいななく。


雪を踏み締める足音が、城内に満ちていく。


ノルディア公爵は、執務室ではなく、武具庫にいた。


壁に掛けられた古い剣。


王国創設期から伝わる、公爵家の象徴。


盾の家系。


王都が揺らごうと、教会が沈黙しようと、北は折れなかった。


「……また、内に向けることになるか」


呟きは、誰にも聞こえない。


かつて、グランデールから逃れてきた民を受け入れた夜。


震える子供の手を取った記憶。


あの中に、アレインの影があった。


守れなかった男の無念。


公爵はそれを知っている。


知っているからこそ、甘さは許されない。


執務官が現れる。


「閣下、各連隊、準備完了」


「……出す」


短い言葉。


それで十分だった。



城門前。


五万の軍勢が整列している。


北方常備軍、全軍。


辺境防衛隊。


騎士団第三・第五連隊。


白と蒼の旗が、雪風に翻る。


重装歩兵の列は静かだ。


騎兵は槍を立て、魔導隊は詠唱補助陣を確認している。


派手な鬨の声はない。


歓声もない。


あるのは、覚悟だけ。


ノルディア公爵が馬上に現れる。


老いはある。


だが揺らぎはない。


その姿に、全軍の視線が集まる。


「目標は、旧グランデール伯爵領」


声は低く、しかし遠くまで届く。


「目的は、討伐」


誰もざわめかない。


「相手は、かつての英雄だ」


わずかな空気の揺れ。


それでも、列は崩れない。


「だが今は、王国の脅威だ」


公爵は視線を南西へ向ける。


「我々は、盾だ」


その言葉が、全員の胸に落ちる。


「王都が立ち直るまで。

 王国が、答えを出すまで。

 北が受け止める」


受け止める。


それは、殲滅よりも重い。


「情はある」


一瞬の沈黙。


「だが、それは剣を鈍らせる理由にはならない」


剣ではなく、盾。


だが必要なら刃にもなる。


「進軍」


号令が落ちる。


城門が開く。


重い鉄の音。


北方軍が、ゆっくりと動き出す。


雪を踏む。


規則正しい足音が、波のように広がる。


騎兵が先行し、偵察が散る。


補給隊が後列につく。


魔導隊が陣形を保つ。


それは、王国創設以来、幾度も繰り返されてきた光景。


だが今回は違う。


敵は魔王軍ではない。


異国でもない。


かつて王国を救った男。


アレイン。



進軍初日。


北方街道を抜け、軍は旧グランデール北境へ向かう。


斥候が戻る。


「アンデッドの活動、増加傾向」


「規模は」


「散発的。だが、統制の兆しあり」


公爵は目を細める。


やはり。


無秩序ではない。


意志がある。


かつての英雄の、歪んだ意志が。


「接触は避けよ」


「は」


「本隊到達までは、刺激するな」


討伐は決めた。


だが軽率な衝突はしない。


アレインは感情で動く相手ではない。


彼は理知的だ。


だからこそ危険。


夕刻。


旧グランデールの荒野が遠くに見える。


廃墟の塔。


崩れた城壁。


そして、かすかな黒い瘴気。


ノルディア公爵は馬を止める。


風が強い。


冷たい。


(……アレイン)


心の中で、再び名を呼ぶ。


(お前を見捨てたのは、王都だ)


(だが、止めるのは――我々だ)


王国の盾として。


北の守護者として。


情を抱いたまま。


軍旗が、強くはためく。


太鼓が鳴る。


北方公爵家の本軍が、旧グランデール伯爵領へと足を踏み入れた。


戦いは、まだ始まっていない。


だが、もう止まらない。


雪の上に残る足跡は、やがて血に変わる。


それを理解した上で、


北は進む。

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