爪痕
包囲は七日目に入っていた。
王都はまだ立っている。
だが灯りは減った。
炊煙は薄くなり、城壁上の兵の顔には疲労が刻まれている。
魔王軍もまた無傷ではない。
小競り合い、夜襲、消耗。
だが差は歴然だった。
削られているのは王都だ。
カイゼル=ロドゥスは丘上の陣から静かに命じる。
「本日、南門へ最大圧をかける」
総攻撃ではない。
だが、これまでで最も重い一撃。
魔導砲が整列する。
前衛が盾を構える。
後衛魔導隊が陣を描く。
空気が重くなる。
(勇者はいる)
城壁上に、レオンの姿。
聖剣が光を帯びる。
動かぬ軸。
だが疲労は見える。
肩の動きが僅かに鈍い。
包囲は効いている。
「撃て」
号令。
同時に五条の闇光が放たれる。
結界が軋む。
王都全体が揺れる。
石畳が跳ね、塔の窓が砕ける。
民の悲鳴が、遠くから微かに届く。
レオンが聖剣を掲げる。
光が結界へ流れ込む。
補強。
だが魔導砲は止まらない。
二射目。
三射目。
ついに南門中央部の結界が破断する。
巨大な亀裂。
光が砕け散る。
「前進」
魔王軍が押し寄せる。
城壁下へ。
破れた箇所へ梯子が掛けられる。
爆裂魔法が門扉を直撃する。
轟音。
南門が、半ば崩れる。
王都守備兵が必死に防ぐ。
矢の雨。
聖属性の魔法。
白兵戦が始まる。
血が石を濡らす。
カイゼルは前へ出る。
勇者と視線が合う。
レオンは跳ぶ。
城壁から降り、破断部へ着地。
聖剣が横薙ぎに振るわれる。
魔族兵が吹き飛ぶ。
だが今度は違う。
魔王軍は退かない。
数で押す。
勇者一人では、全てを止めきれない。
カイゼルが踏み込む。
剣が光を裂く。
二人が再び激突する。
衝撃波が門残骸を吹き飛ばす。
南門はほぼ崩壊。
王都の内部が見える。
石畳の広場。
避難する民。
恐怖に染まった顔。
(あと一押し)
カイゼルは魔力を解放する。
高位破砕魔法。
城壁基部へ叩き込む。
塔の一角が崩落。
煙が立ち上る。
王都に、大きな傷が刻まれる。
歓声が魔王軍から上がる。
だがその瞬間。
レオンが吼える。
初めて、声を荒げる。
「下がるな!」
聖剣が強烈な光を放つ。
これまでで最大。
結界の残滓が収束し、彼の剣へ集まる。
(無茶だ)
命を燃やしてはいない。
だが限界近い出力。
レオンが地を踏み締める。
「ここは、越えさせない!」
剣が振り下ろされる。
《光断衝》。
白い奔流が門前を薙ぐ。
魔王軍前衛がまとめて吹き飛ばされる。
地面が抉れ、魔導砲が砕ける。
光が視界を埋める。
カイゼルは正面から受ける。
衝撃。
腕が軋む。
足が半歩下がる。
その半歩。
それが致命的。
勇者がさらに踏み込む。
斬撃。
連撃。
押し返す。
魔王軍の隊列が乱れる。
城壁上から増援の矢と魔法。
王都の民が石を投げる。
士気が戻る。
揺らいでいた均衡が、勇者を中心に再び収束する。
(ここまでか)
カイゼルは冷静に判断する。
門は破壊した。
城壁の一部は崩落。
物資庫の一角も炎上。
王都は無傷ではない。
深い爪痕を刻んだ。
だが――
これ以上踏み込めば、損耗が跳ね上がる。
勇者はまだ立っている。
折れていない。
「全軍、撤退」
号令。
即断。
魔王軍が後退を始める。
勇者は追わない。
門前に立ち、聖剣を構えたまま見送る。
その姿は、まるで城門そのもの。
動かぬ軸。
カイゼルは距離を取りながら振り返る。
南門は崩れ、塔は煙を上げ、城壁には巨大な裂け目。
王都は傷ついた。
民は恐怖を知った。
包囲は確実に効いている。
だが――
落ちなかった。
レオンが立っている限り、簡単には崩れない。
二人の視線が、最後に交わる。
言葉はない。
だが理解はある。
今日は、ここまで。
戦争は終わらない。
魔王軍は闇へ退いていく。
王都には煙が残る。
崩れた門。
焼けた倉庫。
負傷者の列。
深い爪痕。
だが中心には、まだ光がある。
勇者レオンが膝をつく。
疲労が限界を越えている。
それでも倒れない。
騎士団が駆け寄る。
民が涙を流す。
王都は守られた。
辛うじて。
丘の上で、カイゼル=ロドゥスは静かに呟く。
「次は、さらに削る」
王都は強い。
だが無敵ではない。
爪痕は残った。
傷は癒えるか。
それとも、内部から腐るか。
戦争は、より深くなる。
エルディオの炎が繋いだ時間。
勇者の光が守った城門。
その間で、第三大将は次の一手を思案する。
夜が、再び王都を包み込んだ。
――続く。




