激闘
沈黙が、極限まで張り詰める。
王都南門前。
夜は深い。
だが闇よりも濃い圧力が、二人の間に満ちていた。
勇者の聖剣に光が収束する。
派手な輝きではない。
研ぎ澄まされた刃のように、静かな光。
対するカイゼル=ロドゥスもまた、魔力を一点に凝縮する。
無駄な放出はしない。
押し潰すための、重い核。
(ここで決まる)
本能が告げる。
どちらかが膝をつけば、流れは固定される。
勇者が踏み込む。
速い。
だが速度以上に、“迷いがない”。
聖剣が水平に薙がれる。
カイゼルは剣で受ける。
衝撃。
これまでとは質が違う。
重さではない。
貫通力。
魔力障壁が、一瞬で削られる。
(凝縮……)
勇者は範囲を広げない。
一点を断つ。
城壁も軍も巻き込まない。
王都を守るための剣。
対してカイゼルの剣は、突破のための剣。
力の思想が違う。
押し返す。
だが勇者は引かない。
鍔迫り合い。
視線が至近で交わる。
「退け」
カイゼルが低く告げる。
「退かない」
即答。
その声に揺らぎはない。
勇者の背後には王都。
灯り。
人の気配。
守るものが、具体的だ。
カイゼルは理解する。
(この男は、崩れぬ)
エルディオは命を燃やした。
だがこの勇者は、燃えていない。
揺るがぬ柱。
それが最も厄介だ。
鍔を弾き、距離を取る。
同時に魔法陣を展開。
高位重圧魔法。
空間そのものを押し潰す。
王都前の地面が沈む。
兵が膝をつく。
勇者も、わずかに沈む。
だが倒れない。
聖剣を地に突き立て、支点とする。
光が足元から広がる。
重圧が中和される。
(相殺……)
属性の相性だけではない。
制御が精密。
力の浪費がない。
勇者が駆ける。
今度は連撃。
三連、四連。
全てが急所を狙う。
喉。
脇腹。
膝。
無駄な斬撃が一つもない。
カイゼルは受け、流し、時に被弾する。
鎧が裂ける。
血が滲む。
だが致命ではない。
隙を待つ。
勇者が踏み込む瞬間。
わずかな体重移動。
そこへ、斬撃。
深い。
勇者の肩を裂く。
血が飛ぶ。
だが勇者は止まらない。
逆袈裟。
カイゼルの胸を掠める。
互いに傷を負いながら、距離が再び開く。
呼吸。
勇者は荒れていない。
カイゼルはわずかに重い。
(長引けば不利)
エルディオに奪われた時間。
砦突破。
ここまでの消耗。
計算する。
王都結界は完全。
勇者を突破しても、損耗は大きい。
そして――
(この男は、倒しきれぬ)
確信に近い予感。
勝てぬとは言わない。
だが“代償”が大きすぎる。
三大将がここで消耗すれば、魔王軍全体に響く。
戦争は一戦ではない。
勇者が構え直す。
「来い」
静かな声。
恐れも、焦りもない。
カイゼルは一瞬だけ、エルディオを思い出す。
命を燃やし、時間を稼いだ若者。
その時間が、この対峙を生んだ。
(無駄ではなかったか)
ならば。
戦略を取る。
カイゼルは剣を下げた。
勇者の眉がわずかに動く。
「退くのか」
問い。
カイゼルは答える。
「今は、だ」
背後の軍へ向けて声を張る。
「全軍、後退」
ざわめき。
だが命令は明確。
兵は従う。
勇者は追わない。
追えば、罠の可能性もある。
何より、守るのが優先。
両者の間に、距離が生まれる。
カイゼルは勇者を見据えたまま、ゆっくりと後退する。
「勇者」
呼ぶ。
「名は」
一瞬の沈黙。
「レオン」
勇者が答える。
短い。
真っ直ぐ。
「レオン」
カイゼルは頷く。
「覚えた」
それは敵としての認識。
戦争の軸。
「次は、退かぬ」
宣言。
勇者も応じる。
「次も、止める」
夜風が吹く。
二人の間にあった圧が、ゆっくりと解けていく。
魔王軍は闇の中へと退いていく。
王都南門は、守られた。
城壁の上から歓声が上がる。
だが勇者は振り返らない。
視線は、遠ざかる第三大将に向いたまま。
カイゼルは歩きながら、胸の傷を押さえる。
深い。
だが致命ではない。
それ以上に、心に残るものがある。
(勇者とは、ああいう存在か)
炎ではない。
重力。
動かぬ軸。
あれを崩さねば、王都は落ちぬ。
そしてあの軸を立たせたのは――
エルディオ。
若き剣士。
一人で軍を止めた男。
カイゼルは夜空を見上げる。
星は変わらず瞬いている。
戦争は続く。
だが今夜、流れは止まった。
王都は守られた。
それが意味するもの。
魔王軍は、容易には勝てぬ。
戦は長引く。
そして次は――総力戦。
カイゼルは静かに呟く。
「面白い」
敗北ではない。
だが、勝利でもない。
均衡。
その均衡を破るために、次の一手を考える。
闇の中へ消えながら、第三大将は確信していた。
戦争は、変わった。
若者の命が繋いだ一夜。
勇者という軸。
そして自らの判断。
すべてが、次の戦場へと繋がる。
王都南門には、まだ光が残っている。
その光を消すために。
カイゼル=ロドゥスは、再び剣を握り直した。




