表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/145

命を燃やす者

踏み込んだのは、ほぼ同時だった。


だが次の瞬間、

空気の質が変わる。


エルディオの魔力が――変質した。


純粋な術式の輝きではない。

もっと濃く、もっと荒い。


生命力。


肉体の奥底から削り出した、根源の力。


第三大将は瞬時に理解する。


(禁域)


魔力ではない。

命そのものを燃料にする術。


愚か。


だが――覚悟の証。


エルディオの瞳が、異様なほど澄んでいる。


痛みも恐怖も、すでに置き去りにした目。


「終わらせる……!」


咆哮。


足元に展開されるのは、複合高位陣。


炎と氷、雷と風。


属性融合。


本来なら数名がかりで制御する術式。


それを単独で。


血が口元から溢れる。


だが術式は崩れない。


「《終焉連牙》」


炎が螺旋を描き、

氷刃がその外縁を走り、

雷が芯を貫く。


一直線。


第三大将は正面から受けない。


横へ跳ぶ。


だが追尾。


風が軌道を補正する。


衝撃。


爆炎。


地面が抉れ、視界が白く染まる。


第三大将の外套が焼け、鎧が砕ける。


肩から血が飛ぶ。


初めて、大きく後退する。


魔王軍がざわめく。


第三大将が、押された。


だが、終わらない。


煙の中から、影が走る。


エルディオ。


間合いを詰める。


高位剣技《蒼閃乱舞》。


一太刀。


二太刀。


三、四、五。


すべてに生命力が乗る。


剣圧だけで空間が裂ける。


第三大将は受け、流し、弾く。


だが完全には防ぎきれない。


胸甲が割れ、血が滴る。


「……見事だ」


低い声。


本心。


だがエルディオは止まらない。


止まれば終わる。


肉が裂ける音がする。


自分のだ。


腕の筋繊維が悲鳴を上げている。


生命力の過剰流入。


限界を超えている。


それでも、振るう。


父の顔。


母の笑顔。


王都の城壁。


守るべきものが、背後にある。


「まだ……!」


最後の術式。


自身の心臓を媒介に、魔力と生命力を直結。


暴走寸前。


高位強化ラスト・ドミニオン


世界が遅くなる。


第三大将の動きが、見える。


踏み込み。


斬撃。


紙一重でかわす。


だが。


第三大将も、覚悟を決める。


魔力を解放。


圧が倍増する。


空気が押し潰される。


真正面から、ぶつかる。


剣と剣。


衝撃。


均衡。


エルディオが、押す。


生命力の炎が、さらに燃える。


だがその瞬間。


右腕に、異音。


骨が軋む。


筋が裂ける。


制御を超えた負荷。


それでも。


「うおおおおおっ!!」


絶叫。


最後の踏み込み。


蒼い刃が、第三大将の脇腹を深く裂く。


血が噴き出す。


致命ではない。


だが深い。


同時に。


第三大将の剣が振り抜かれる。


回避は間に合わない。


エルディオは、咄嗟に右腕を差し出す。


刃が食い込む。


肩口から肘まで、完全に断たれる。


右腕が宙を舞う。


激痛。


だが。


生きている。


まだ、立っている。


左手で剣を握り直す。


視界が白い。


音が遠い。


それでも一歩。


詰める。


第三大将の眼が、わずかに見開かれる。


(まだ来るか)


右腕を失ってなお、前進。


常軌を逸している。


エルディオの足元が血で濡れる。


自分のものだ。


止血もしていない。


命が、流れている。


だが構わない。


差し違える。


それだけ。


左手で振り上げる。


最後の一撃。


だが――


限界。


生命力はすでに燃え尽きかけている。


踏み込みが、わずかに遅い。


第三大将は静かに半歩外す。


そして。


剣を、真っ直ぐ突き出す。


迷いなく。


確実に。


エルディオの胸を貫く。


衝撃。


背中から刃が抜ける。


心臓。


正確。


エルディオの体が、止まる。


時間が、静止したように。


口が、わずかに動く。


声は出ない。


だが目は、第三大将を見ている。


憎悪ではない。


達成でもない。


ただ、確認。


止められたか。


時間を稼げたか。


第三大将は、答えない。


答える義務はない。


だが理解する。


この男は、逃げなかった。


生を捨て、使命を選んだ。


ゆっくりと剣を引き抜く。


エルディオの膝が折れる。


倒れる。


地面に。


空を見上げる。


夜空。


星。


故郷でも、同じ星が見えるだろうか。


母は、今もパンを焼くだろうか。


父は、酒を飲んでいるだろうか。


声にならない息が漏れる。


痛みは、もうない。


寒くもない。


ただ、静か。


最後に浮かんだのは、幼い日の夕焼け。


そして――


暗転。


エルディオは、動かなくなった。


沈黙。


南方諸侯軍が絶叫する。


魔王軍もまた、息を呑む。


第三大将は立っている。


傷は深い。


血が流れている。


だが、倒れない。


足元に、若き剣士。


「……強かった」


誰にともなく、呟く。


もし数年あれば。


もし戦でなければ。


未来は違った。


だが戦場に、もしはない。


第三大将は空を見上げる。


時間を奪われた。


主力は遅れた。


この一人のために。


それだけの価値があった。


「進軍を再開する」


低く告げる。


だが胸の奥に、残る。


若き剣士の瞳。


命を燃やした光。


王都へ向かう道は、血で濡れている。


その中心に、

一人の青年が、静かに横たわっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ