英雄は、処刑台で空を見上げた
処刑台の上から見える空は、ひどく青かった。
雲一つなく澄み切ったそれは、まるで今日という日が祝福されているかのようで――だからこそ、ひどく滑稽だった。
縄で縛られた両手に、もう感覚はない。
足元には粗末な木の床。乾いた血の跡がいくつも残っている。ここが、これまでに何人もの罪人が命を落としてきた場所だという事実を、無言で物語っていた。
――英雄、か。
自嘲が、喉の奥で静かに溶ける。
つい数日前まで、俺はそう呼ばれていた。
王立学園を首席で卒業し、数々の魔物討伐で戦果を挙げ、若くして伯爵位を授けられた。
辺境の町グランデールを治め、守り、発展させた領主。
王国の防衛線では、魔族の大軍を食い止めた指揮官。
それが今は――反逆者。
群衆のざわめきが、耳に届く。
怒声、罵声、そして恐怖と好奇心が入り混じった視線。
誰一人として、かつて俺に剣を預け、命を預けた者はいない。
視線を動かすと、遠くに王城の尖塔が見えた。
あの場所で、王は決断を下したのだろう。
「危険だ」
「力を持ちすぎている」
「勇者が現れた今、もはや不要だ」
――どれも、理解はできる。
国家とはそういうものだ。
だが。
胸の奥に、どうしようもなく重たいものが沈んでいる。
それは怒りでも、憎しみでもない。
ただ――悔恨だ。
守れなかった。
最後まで、町を。
グランデールの石畳。
朝の市場の喧騒。
子どもたちの笑い声と、兵たちの不器用な敬礼。
あの平穏を、俺は確かに守っていたはずだった。
それでも、足りなかった。
勇者レオンの顔が脳裏をよぎる。
正義を疑わない、まっすぐな瞳。
彼は間違っていない。彼の剣は、常に民のために振るわれていた。
だからこそ――俺は、斬られた。
処刑官が一歩、前に出る。
群衆が息を呑む気配が伝わってくる。
終わりだ。
ゆっくりと、空を見上げる。
眩しさに目を細めながら、思う。
もし、もう一度やり直せるなら。
もし、力を振るう理由を、選び直せるなら。
――次は、間違えない。
刃が振り下ろされる、その瞬間。
世界が白く弾けた。
***
死は、終わりではなかった。
冷たく、静かで、どこまでも深い闇の中で、意識だけが沈んでいく。
肉体の感覚はない。時間の概念も、意味を失っていた。
それでも、確かに“何か”が残っている。
――後悔。
――執念。
――そして、決して消えない誓い。
守れなかった町。
見捨てた王国。
選ばれなかった未来。
それらすべてが、黒い炎となって絡みつく。
やがて、闇の底で、微かな光が灯った。
それは祝福ではない。
救済でもない。
ただの、選択だ。
――力を、求めるか。
答えは、最初から決まっていた。
英雄は、再び目を開く。
人ならざる存在として。
この物語は、
“守るために滅び、滅びてなお抗う男”の記録である。




