踏切
私は通学に電車を使用していた。
朝の電車は混雑こそするものの、予定時刻に目的地に到着し、緻密に練られたスケジュールに従って運営される信頼出来る交通機関と言えよう。
長時間立ちっぱなしで利用することは好きではないが、運良くシートに座れたときに車窓を流れていく街の風景を眺めることは好きだった。
暖房の心地良さに、思わず眠ってしまうこともあった。
私にとって、電車は毎日お世話になっていた安全安心の動く箱だ。
だが、今私の目の前を通過する電車を見たら、そんな呑気なことは考えられなかった。
けたたましい金属音を立てて走っていくそれは、あまりにも頼りない外観をしていた。
元の色が分からないほど茶色く錆びた車輪。
車輪と同じほどに年季の入った線路。
傷が目立つ列車の外装。
想像以上に速く、恐ろしかった。
まるで命を削って走っているようだった。
怖いほど気迫に満ちた電車の様子は、私を不安にさせた。
電車が蹴散らしていた風の残骸が、私に降りかかった。
規則的な不協和音が鳴り止み、遮断機がゆっくりと上昇した。
私は心臓を抑えた。
呼吸が僅かに荒くなった。
「───先生…」
私はこれから会いに行かねばならない者の職名を零した。
彼の目には私がああ見えていたのだろうか。
あれほどまでに自分の命を削って、毎日を過ごしているように捉えられたのだろうか。
(このままじゃ、君は他人に殺される)
私の肩を掴み、真正面から私に言葉を投げかける彼は、とても悲痛な顔をしていた。
あの時私は、なんて答えた?
(そんなこと、あるはずないです)
静かになった踏切の中で、どこまでも続く線路を眺めた。
私より、電車の方がよっぽどマシだ。
行く先にはレールが敷かれ、終わりはいつだって誰かに宣告される。
反抗するという、意思も気力も生まれない。
「…………」
先を生きる者の忠告を無視し、一歩も動けなくなった私より、人に操作され日常に溶け込んでいる彼らの方がよっぽど立派だと思った。
……先生に会うようになってから、毎日に絶望を見出すようになった気がする。
血の通わない鉄の車体に、命の片鱗を見てしまったのはきっと彼のせいだ。
「あなたのせい」
そう呟いて私は踏切を渡った。
恩知らずで、向こう見ずで、頭が悪い。
非道い人間だ、私は。
砂利を踏んずけながら進む。
目的地はすぐそこ。
閉鎖的で、遠くから電車と踏切の音が聞こえてくる…そんな場所。
私は先生の苗字を冠したクリニックの扉を開けた。
踏切で感じたことを、彼に話すことはしないだろう。




