00.プロローグ
僕の名前はアーデルハイド。
れっきとした魔王の後継者だ。
城の中ですれ違う使用人はもちろん、六人の兄たちも僕の前では頭を垂れる。
それは、僕が至高の黒い瞳を持っているから。
たったそれだけの理由で尊ばれた。
「アーデルハイドは特別なんだ」
幼い頃からそう教えられていた。
「お前が兄たちと関わることで彼らの卑しさが引き立ち、笑われてしまうよ」
そう言われたから兄たちとは関わらなかった。
「お前が誇らしい」
魔王は赤い瞳を和らげて、いつもそう言っていた。
彼だけは、僕自身を認めてくれていると信じていた。
でも、僕に魔力がないって分かった途端、皆の態度が一変した。
「黒の瞳を持っていながら魔力量0とは、とんだ恥さらしだな」
数年ぶりに対面した長兄の言葉に、胸がきつく締め付けられた。
あまりの居心地の悪さに街へ逃げると、瞳の色ですぐにバレて笑われた。
「初代魔王の再来と言われていたのに、ただの無能じゃねえか」
魔界がこんなにも醜い場所だなんて知らなかった。
【第七王子アーデルハイドを魔界から追放する】
魔王は最早僕を視界にも入れたくないのか、それは書面での通知だった。
人間界の森に逃げ込んで、数日が経った。
僕はここで死を待っている。
魔族の寿命は途轍もなく長いから、できたら森の獣に襲われて死にたい。
家族も、友人も、味方もいない。
そんな僕には生きている価値がないのだ。
静かに両手を広げて、崖の先に立つ。
あとは強い風に背中を押されて、落ちるだけ。
ようやく楽になれる。
そう、思っていたのに───
「お前、死ぬ気か?」
少し掠れた、低い男の声だった。
答えるのが面倒くさくて聞こえないふりをしていたのだが、
「俺に先を譲ってくれないか?」
予想外の言葉に思わず振り向くと、そこには無精髭を生やした若い男がいた。
男は僕の顔を見て、僅かに目を見開く。
「魔族……」
不快な単語を聞いて無意識に奥歯を噛み締めた。
「魔族はこの高さだったら痛いだけで、死ねないと思うぞ」
「……じゃあ、貴方が僕を殺してよ」
彼の腰に下げてある短剣を見つめながら、力なく呟いた。
すると男は僕から視線を逸らし、小さく溜息をつく。
「悪いな、これ以上魔族を殺したら天国の妻と息子に会えなくなりそうで」
男が自虐的な笑みを浮かべた。
その顔はやけに見覚えがあり、頭の中にまさかという考えがよぎる。
「勇者の、フェリクス・カディオ?」
「……だったら何だ」
「貴方が死んだら、誰が魔王を倒すの?」
「知らねーよ。俺はもう疲れたんだ」
そう言う彼が晴れやかな顔をしていたので、何も言えなくなってしまった。
「なぁ、お前はなんで死のうとしてるんだ?」
フェリクスに問いかけられ、ゆっくりと顔を上げた。
「……僕は黒髪黒眼で生まれたから、魔王にふさわしいって言われてたんだ。でも魔力量検査で0って数字が出た瞬間、史上最悪の期待はずれ認定されて魔界から追い出されちゃった」
「だから死ぬのか?」
「僕はもう、アーデルハイドとして生きるのが苦しいんだ」
自然と口から出た言葉に、自分で納得してしまった。
容姿を理由に敬われる存在として生きていたアーデルハイド。
魔王から愛されていると愚直に信じていたアーデルハイド。
全てが虚構だったと知り絶望したアーデルハイド。
それらの過去を消し去りたい。
感情のない瞳でそう言うアーデルハイドの目の前で、フェリクスは片膝をつき手を差し伸べた。
「俺に、お前の復讐を手伝わせてくれ」




