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すきなもの ‐1‐

 推しは推せるときに推せ。


 それはまるで、推し活の鉄則のようにあちこちで言われていた。そして紗奈(さな)自身もそう思っている。ぐずぐしているうちに推しが活動を辞めたら、後悔したってどうにもならないのだ。

 そして推す方法は、人それぞれだ。

 ――そんなこと、わかっている。


 今日だけで十を越えたため息をついて、紗奈は電車から降りた。しかしすぐに、それが自宅の最寄りの駅でないことに気がついた。早かったのか遅かったのか、ここはどこかと確認しようとしている間に、電車は扉を閉め、発車してしまった。


 ああ、と紗奈は大きく肩を落とした。ショルダーバッグの紐がずり落ち、つけていたライオンとウサギのチャームがかちゃりと音を立てる。

 駅名を確認すると、降りるべき駅の一つ前だということがわかった。スマホの地図アプリで確認すれば、歩いて帰れない距離でもない。疲れてはいたものの、紗奈は駅の改札を通って外に出た。


 大学卒業まで両親と共に暮らしていた紗奈が一人暮らしを始めたのは二年前。実家からそう離れていない土地に就職したものの、せっかくだしと家を出た。広くはないけど小綺麗なオートロックのマンションは、いたってどこにでもありそうな住宅街の中にある。


 その駅から一つ隣とはいえ、紗奈がここに降り立ったのは初めてだった。駅の花壇には色とりどりのチューリップが規則正しく並び、その向かいにはちょっと懐かしい雰囲気の商店街のアーケードがある。ロータリーにコンビニと歯医者しかない最寄り駅とは、雰囲気も人の量も違った。

 色褪せたアーケードの上部には「すずらん町商店街」と書いてある。駅名とは違うから、町といっても元からある地名ではないのかもしれない。


 もう一度地図アプリを確認すると、この商店街を抜けるルートが示されている。空を見れば、オレンジ色がだいぶ濃くなっていた。


 ――せっかくだし、なんか買って帰ろうかな。

 テイクアウトの店ぐらい、一つか二つはあるだろう。平日の夜ご飯はコンビニかスーパーの総菜に頼り切っているため、せめて休みの日ぐらいはといつもなら自炊するところだが、今日はその気力ももう湧かなかった。


 とはいえ、来たことのない土地。気軽に買えるような店がここにあるだろうか。

 そう、紗奈が思いつつレトロな商店街を見やったときだった。


「すいません、もしかしてLiona(りおな)好きなんですか?」

 不意に斜め後ろから声をかけられた。驚き振り返ると、そこには背の高い女の子が立っている。ルビーレッドと黒の二色になった細い三つ編みの髪の毛がさらりと肩から落ちた。


「えっ、あ、ああ」

 その子の視線が自分のショルダーバッグに向けられていると気づき、紗奈は理解した。ライオンとウサギのチャームは、彼の公式グッズのひとつだ。

「かっこいいっすもんね、彼」

 ピアスのついた唇で、その子はにっと笑う。


 対して紗奈のなかに、ちょっとむっとするような気持ちが生まれてしまう。


 Lionaは確かにイケメンで有名だった。小さな顔に大きな瞳で、柔らかな雰囲気がありつつ眉毛は凛々しい。顔がいいためにイベントにも引っ張りだこだし、どこに行ってもうちわやグッズを持った女性ファンがいる。


 だけど紗奈がファンになった理由は、彼のそのゲームへの姿勢と魅せる試合運びからだ。格闘ゲームのプロゲーマーである彼は、いつだって自分が楽しんでプレイし、同時に観客も楽しませようと盛り上げてくれる人だった。

 けして、見た目がいいからではない。


 だからといって、ここでそれを伝えるのも違う。紗奈は「はい」と頷きながら、この場を離れるタイミングを見計らっていた。

 二、三歳ぐらい年下だろう。まるでモデルのように背が高く手足が細長い。切れ長の瞳にはアイラインがしっかり引かれていて、それがよく似合っていた。


「あ、かっこいいってのは見た目じゃなくて」

 その子が手をひらひらさせながら言った。その爪がとてもナチュラルで、和風というかゴシックというか、こだわってそうなファッションからは意外に見えてしまう。


「プレイが、ってことっす」

「え、知ってるんですか?」

 思わぬ続きに、紗奈はうっかり食いついてしまった。


「あー、そんな詳しくはないですけど、でも知り合いに、そういう方面の人がいるんで」

 そういう方面というのは、eスポーツプレイヤーとか、ゲーム関連の人ということだろうか。


 どちらにしろ、嘘やその場しのぎの言葉ではなさそうだ紗奈は判断した。しかしすぐに、だからといって話題を広げたくないと思い直す。特に今は、そういう気分ではなかった。

 適当に急いでいるとか人が待ってるとか言ってこの場を離れよう。商店街で買い物はできなくなるけど、べつに構わない。


 そう考えながら口を開こうとした瞬間、目の前の子がいきなり、

「腹減ってないですか?」

 と言い出した。


 唐突な話題に紗奈は言葉を発するタイミングを逃してしまう。は?とその顔を見ると、彼女はあっけらかんとした雰囲気で笑っている。


「いやー、そろそろ店閉める時間なんですけど、今日はちょっと餅が余ってて」

「え、餅?」

「店長にお客さん捕まえてきて、って命令されまして。どうすっかなーと思ってたらおねーさんがキョロキョロしてたんで」


 つまり客引きか、と紗奈は心の中で苦笑いを浮かべてしまう。よく見れば、その手にはチラシらしきものが握られていた。

 その視線に気づいたらしく、彼女はチラシを一枚差し出してきた。


「お餅やうさぎ……」

 それはこの女の子とは真逆の雰囲気のデザインだった。パステルカラーでまとめられ、至る所にウサギの絵が描いてある。場所はこのすずらん町商店街のようだ。


「どうっすか。くるみ餅もありますよ」

 店員だという女の子はそう言って、鞄のチャームを見た。ライオンとウサギ。それはLionaの名前と、彼が以前飼っていたウサギをモチーフに作られたものだ。

 その名前が、くるみ。彼がおばあちゃんの家で食べるくるみ餅が好きだったから、つけた名前だ。


 ――詳しくないと言っていた割に。

 紗奈はもう一度、彼女を見る。自分より遙かに背が高いのに、顔は小さかった。ちょっと尖った耳にはピアスが数え切れないぐらいついている。仕事上だったら出会わないタイプの子だけれど、Lionaのファン界隈だったら、そうめずらしいわけでもない。


 だけど彼女たちとは――特に今日出会った人たちとは、持っている空気が違った。


「じゃあ、せっかくなので」

 紗奈がそう言うと、彼女は満面の笑みで「やりぃ」と口にした。そのからっとした笑顔が、ほんの少し紗奈の疲れた心を癒してくれた。


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