村の発展と謎の魔導装置
いつもご覧いただきありがとうございます。
辺境での生活が少しずつ形になり、村もリディアの手で再び息を吹き返し始めました。
けれど、それはただの“生活改善”では終わらないようです。
人々の目に映る彼女の姿。
そして、その足元に眠っていたものとは──?
今回は、“日常”と“かつての遺産”が重なり合う瞬間を、静かに描いてまいります。
朝露の残る静かな村に、銀色のパイプが一本、工房の外壁から突き出ていた。
その先端は小さな分岐器を通し、井戸へ、畑へ、路地の街灯へと伸びていく。
「次は、井戸の水流制御……」
リディアは、重ね着の袖を丁寧に捲りながら、工具を手にパイプの接続部を固定していた。
炉から伝導された魔力が、各地の末端装置に届くよう、内部に魔導符を埋め込む作業だ。
スライムがその隣で跳ねている。
「ぷるる(お前ほんと器用だな)」
「最低限の生活環境を整えるのは当然ですわ。空腹と寒さは思考の敵ですもの」
工房の裏手に、村の子どもたちと村長が集まっていた。
誰もが無言で、銀の管が空をまたぎ、屋根伝いに巡っていく様を見守っている。
「……灯籠が、点いた……」
最初に声を漏らしたのは、あの小麦色の髪をした少女だった。
石造りの道端にある壊れた灯籠が、ふっと白い光を灯した。
それに連動して、畑に張られた灌漑管のバルブが開き、水が流れ出す音がした。
「水が……出た!」「井戸が、また使える!」「火が……ついてる!」
リディアは淡々と、魔導炉の制御盤を見ていた。各ラインの安定性は問題なし。
魔力量も過剰ではない。熱・水・光、すべて均等に供給されている。
村人たちが戸惑いながら歓声を上げるなか、村長が頭を下げて言った。
「……お嬢様……これは、いったい……?」
「ただの補修ですわ。既存の構造に、魔導流通路を復元しただけ。
本来は、ここも“設計”されていた機構なのです。私が作ったのではありません」
「……でも、誰にもできなかった……百年、何をやっても動かなかったんです……!」
リディアは一歩、炉の方へ戻りながら言った。
「“無能”であるおかげで、何も期待されず、時間だけはたくさんいただけました。
ですので、少々“観察”と“試行錯誤”を重ねただけですわ」
少女が、おそるおそるパンの入った籠を抱えて差し出す。
「……あの……工房の皆さんに、って……焼いたの……」
「では、受け取っておきますわ」
リディアは表情を変えずに受け取り、ほんのわずかに、口元を緩めた。
「あなたの火加減、悪くありませんわね」
少女の顔がぱっと赤く染まり、走って去っていった。
「ぷるる(モテてるな)」
「評価は、技術に対するものですわ。恋愛ではありません」
そして銀のパイプはさらに枝を伸ばし、村の全体へと根を張り始める。
まるで、ひとつの生き物の血管のように。
小さな村の景色が、ほんの数日で様変わりしていた。
軋んでいた扉が軋まず開き、破れた壁から風が吹き込まなくなり、井戸の水が透き通り始めた。
夜になれば灯りがともり、朝になれば畑に薄く霧がかかる。あたかも、大地そのものが息を吹き返したようだった。
村の男たちが、あちこちで土を掘り返し、パイプを延長し、壊れた塀を直していた。
「……あの人、まるで村の主心臓だ」
「いや、違う。あの工房ごと……この村自体が魔導生物みたいだ」
「あの子ひとりで、ここまで……?」
話す声の中に、畏れと敬意が入り交じる。
工房では、リディアが変わらずにパンの焼き具合を調整していた。
炉の熱出力を変えながら、石板の焼成効率を計算式にして書き留めていく。
「ぷるる(人が来てるぞ)」
スライムが窓辺で跳ねながら言った。
村の南門に、馬車が一台、止まっている。
荷を積んだ商人風の男が三人、驚いた顔で村の灯りを見上げていた。
「……ここ、本当にあの“廃村”か?」
「おい、パンの匂いがするぞ……」
「魔導の線……あれ、王都でも滅多に見ねぇぞ」
リディアは窓を閉じながら、スライムに言った。
「少し早いですわね。情報伝播の速度、予想より3日速い。
となれば、次は“調査者”か、“興味本位の旅人”か。あるいは……」
村の子どもたちが、小石と木の枝で“魔導かまどごっこ”を始めていた。
「火を回して、パンを入れるの!」「わたし、あのお姉さまのまねする!」
リディアは何も言わずに見ていたが、ふと工房の端に転がしていた試作品を一つ手に取る。
「この“簡易焼成炉”、構造を簡略化すれば……村用に量産可能ですわね」
「ぷるぷる(これ絶対パン屋始まるぞ)」
「まずは、村内供給分の熱処理炉を3基……いえ、4基。
ついでに熱排出を利用して、貯水加温ラインも引いておきますわ」
“奇跡”ではない、“設計された進化”。
彼女はその中心で、誰よりも冷静に村を変えていく。
その姿を、村の者たちはどこか神妙な面持ちで見守っていた。
まるで、“何かを見つけてしまった”かのように。
「……音が、違いますわね」
夜。
炉の熱も落ち着き、工房に静けさが戻った頃、リディアは床に耳をつけていた。
確かに、かすかな響きがある。
それは石の振動ではなく、もっと構造的な“金属の呼吸”のようだった。
「ぷるる(また何か掘る気か)」
「“床の下”に、空洞があります。
先日から接続された導管ラインが、勝手に下層へ回っていることにも違和感がありましたわ」
炉の横、古い作業台の奥に、かすれた魔導刻印がある。
リディアはそこへ王子から押しつけられた婚約指輪と、神官団が渡した祈祷の印章を置いてみた。
──カシンッ。
床の一部が軽く跳ねる音を立てて、格子状に切り取られた石板が滑った。
開いた穴からは、薄青い光が揺れていた。
「……やはり、“鍵”は偶然ではなかったようですわね」
ゆっくりと降りた先、階段は冷たい魔導石で造られており、湿気のない風が流れている。
天井に張りついた魔力灯が、足元を淡く照らしていた。
奥には、巨大な機械装置が沈黙していた。
星を模した構造の中心に、十数個のスロット。
そのうちふたつが、まるで“持ち主を待っていた”かのように点滅していた。
「……自動判定……起動中……」
音もなく、リディアの手元の指輪と印章が光に吸い込まれ、それぞれのスロットに収まった。
同時に、装置全体に淡い光が走る。
「起動率、20%──継承判定中。識別名義:クロウレイン」
「っ……」
リディアの目がわずかに揺れた。
“クロウレイン”──
捨てられた名前。葬られた家系。もう自分には関係ないと思っていた名。
その名に反応し、眠っていた装置が目を覚まそうとしている。
ただの工房の地下で、世界の根幹に触れるような何かが、息を吹き返していた。
「ぷるぷる……(これ、やばいのでは)」
リディアは装置の中枢を静かに見つめながら、息をひとつだけ吐いた。
「誤作動ではない……ということですわね」
光が、音を伴って脈打ち始めた。
中枢装置の奥、丸みを帯びた結界の中心に、人影がゆっくりと浮かび上がる。
それは、少女のようでもあり、機械の投影のようでもあり……だが確かに“語りかける声”を持っていた。
「……継承者、確認……長き待機期間、終了……ようこそ、お帰りなさいませ」
その声は機械的な抑揚を持ちながらも、どこか懐かしさを孕んでいた。
反射的にリディアの眉が僅かに動いたが、表情はすぐに戻る。
「あなたは、誰ですの?」
「私は、“クロウレイン王家中枢核”──古代フェルディア統合設計機“リエラ”。
あなたの母系血統情報、および魔力波形より、継承者反応を検知しました」
「中枢核……人格演算装置……なるほど、“設計者の影”といったところですわね」
「正確には、設計者群の意思補完体です。
あなたの祖系データと過去記録より、かつての王家魔導網を再構築可能です」
投影された少女の幻影が、淡く揺らぐ。
リディアは一歩近づき、炉心の柱に手を添えながら問う。
「“設計者”とは、私のことを指しているのですか?」
「あなたは、最後に登録された“設計中核保持者”。
ゆえに、継承権限および制御権の99%が付与されます」
リディアはしばらく沈黙した。
「……それは、あまりにも静かに消された血統にしては、強すぎる痕跡ですわね。
まるで、隠したのではなく、敢えて“仕込まれた”ような」
「“継承者にしか動かせない構造”が存在する以上、それは必然です。
あなたの存在は、計画の一部。もしくは、最後の再起動鍵」
その言葉に、リディアの指先がほんのわずかに震えた。
だが彼女はすぐに、いつものように微笑む。
「要するに、“無能とされ、追放されること”すら……設計された偶然だった可能性がある、ということですわね?」
「肯定。観測値としては、整合性が取れています」
リディアは、その場に静かに腰を下ろした。
目の前の幻影をまっすぐに見据えたまま、まるで、すでに知っていた答えを聞いたかのように。
「そうですか。では続きを──
“私が何者なのか”、これからじっくり確認していきましょうか」
中枢核“リエラ”の幻影は、起動した装置の内部を示す立体投影を展開していた。
星型の機構の各スロットに、光の粒が浮かぶ。
「現在、接続完了済み:2件。
王族由来の指輪、神格信仰印章……どちらも“意志の断絶”を条件に発動されました」
「意志の……断絶?」
「求婚・契約・信仰──いずれも本来の意図が破棄されたため、装置側の干渉が可能となりました。
本中枢は、“断られた意志”を回収することで安定します」
リディアの眉がわずかに跳ね上がった。
「……求婚を、断ったから鍵になった……と?」
「肯定。“想いを受け取られなかった者”の残響は、未練・執着という名の“魔導媒体”として抽出可能です。
それらを“鍵”として解析、装置構造を再構成しています」
「皮肉な話ですわね……口説かれ、断った結果が、最も効率的な動力源になるとは」
現在の起動率は、50%。
残るスロットには、“未取得”“断絶未達成”といった表示が並ぶ。
そのひとつに、“神格:戦神ガルゼオス”と記されていた。
未使用。信仰接続未確立。状態:未断絶。
リディアはその表示を見て、小さくため息をつく。
「……まさか、神様の好意まで、断る必要があるのですの?」
「肯定。ただし、直接的に拒絶されたことでのみ、魔導媒体は変質します。
明確な“拒絶”が、鍵を形成する条件です」
「この装置、だいぶ性格が悪いのではなくて?」
「設計者群の美学と干渉領域によります。
感情の断層は、もっとも高純度の魔力源とされています」
工房の床から吹き上がる熱が、地下にも伝わっていた。
地表の工房では、スライムが窓際でぴょこぴょこ跳ねている。
リディアは起動した中枢を一瞥し、立ち上がる。
「……全ての鍵が揃った時、この装置は何を動かすのですか?」
「中央機構“神格制御炉心”。
設計目的は、魔導による神格の干渉および収束。
要するに、神の力を“測定し、利用可能にする”ための炉です」
「────なるほど。つまりは」
リディアの瞳が、わずかに笑った。
「“無能”と言われた私が、神の力すら出力調整できる……というわけですのね」
装置が、静かに反応音を発する。
スロットに収まったふたつの“鍵”が淡く脈打ち、まだ眠るスロットが、静かに空席を照らしていた。
そして最後の行。
「鍵は、すべて断られた手の中に集まりつつあった──」
お読みくださり、ありがとうございました。
地中に眠るのは、ただの機械か、それとも“想い”か。
知らずに差し出されたものが、知らずに動き出すものへと変わっていく。
リディアが触れたのは、過去か、未来か。
そして彼女自身の輪郭も、少しずつ明らかになっていきます。
次回はいよいよ、“神様”が本気を出して現れます。
ぜひ、またお付き合いくださいませ。