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第一の使者、王子の告白

本日もお越しくださりありがとうございます。


辺境の静かな村に、ついに外の世界から“誰か”がやって来ます。

それは肩書も立場も、なにより“顔面力”も一級品な、いかにも華やかな使者。


けれどリディアは、そんなものにはまったく動じません。

むしろ、まったく別の“話”だと受け取ってしまう始末。


今話は、言葉のすれ違いが生む“妙な空気”と、“静かすぎる断り方”をご堪能ください。

 その日、村の通りを覆い尽くすほどの埃が巻き上がった。


 光を跳ね返す金色の車輪、魔導飾りが散りばめられた巨大な馬車が、村の門もどきに“無理やり”突入してくる。

 先頭には純白の軍馬、側面には風を切るようにひるがえる旗──だが何より目を引いたのは、馬車のドアに刻まれた、

 《小国イラルダ・王家》の家紋だった。


「な、なんだ……王族の馬車だぞ!?」「あの装飾……貴族の中でも……上、だ……」


 村人たちがざわめく中、工房の炉前では、いつもどおりパンの生地がこねられていた。


「ふむ……この圧縮率では表皮が厚くなりますわね。熱伝導に偏りがあります」


 リディアはまるで“通行人の声”のように騒ぎを聞き流しながら、真剣な顔でパン生地の表面を観察していた。


 そのとき、扉がばたりと開き、顔を紅潮させた村長が駆け込んでくる。


「お、嬢さんっ! いかん、いかん、たいへんだ! 王国の使者じゃ、しかも……王子、じゃっ!!」


「……依頼主ですの?」


「違う! たぶん、もっとヤバい類の──」


 その言葉を遮るように、工房の外にきらびやかな一団が姿を現した。


 その中央で、金髪をふんわりとなびかせた青年が、まるで舞台の登場人物のように一歩を踏み出した。


「おお……! これが……魔導の地──フェルディアの失われし炎が再び灯る聖地……っ!」


「……」


 リディアの眉がぴくりと動く。


 男は広場のど真ん中で、背後の兵たちに大きく手を広げた。


「見よ! この空気、この香り! このパンの焼ける音……っ! これは、愛だ! 技術と情熱の融合だッ!」


 村人たちがぽかんとする中、リディアは小さくため息をついた。


「……新しい出資希望者、というわけですわね。あの馬車、工房よりも材料費が高そうですもの」


 ぷるるが足元で「ぷるっ(違う)」と跳ねたが、リディアは完全に聞いていない。


 王子──エリク=イラルダは、一歩前に進み、深く礼をとる。


「私は小国イラルダの第一王子、エリク。貴女の技術と魂、そしてその焼きたての香りに、国を超えて惹かれました!」


 そして、右手を掲げる。


「貴女に! 我が国の未来を託したい! 結婚してくれッ!!」


 その場の空気が、一瞬、凍った。


 ──が、当のリディアは、といえば。


「……つまり、国家単位で技術提携を望んでいると。ふむ。規模としては悪くありませんわね」


「え、えっ? 違──いや、そう、違くはないけど!」


 その瞬間、ぷるるが「ぷるる(詰んだな)」と小さく震えた。


「ですので、あらためて言わせてください……!」


 王子・エリクは、もう一度拳を胸に当てて叫んだ。頬がほんのり赤い。


「私は、あなたを! ひと目見た瞬間から、ずっと……いや、香りを嗅いだ瞬間から……!」


「香りから、ですの?」


「……ええ。なんていうかこう……心が……ふわっと、包まれるような──」


「つまり、“魔導焼成式香気拡散炉”への評価ということで?」


「違っ──そういう技術的な……いや、そうとも言えるけど……!」


 エリクは頭を抱えた。


 リディアは逆に冷静そのものだった。

 整った所作で椅子に腰かけ、扇を指先でくるりと回す。


「要点が見えませんわ。貴国は私の工房、あるいは焼成技術に関する提携を望んでおられるので?」


「違う、違いますとも! 私はっ……あなた自身を!」


「技術者として? 顧問職か何かですの?」


「結婚だってば!!」


 言い切った瞬間、沈黙が落ちた。


 リディアはぴたりと扇を止めた。

 ほんの一瞬、紫の瞳が彼を見つめ──すぐに、静かに言った。


「……では、婚姻制度を媒介にした国政連携提案ということですわね。

 その場合、契約上の国益均衡と産業連携条件を先に提示していただきませんと」


「いや、だから、もっと……心からのやつ! 愛のやつなんです!」


「“愛”ですの?」


 言葉に疑問符が乗る。リディアは、本当にその単語を意味として解していない様子だった。


「愛という概念は、基本的に定量化不可能ですわ。契約や評価には不適切。論理的選好要素として扱えないものを感情と呼ぶのなら、私には理解不能です」


「いやいやいやいや!? え!? こんなに綺麗で、こんなにすごい人なのに、なんで!? ……本当に、なんで?」


「それはこちらの台詞ですわね。何をそんなに動揺しておられるのか、わかりかねます」


「えぇぇぇぇぇ……っ」


 王子は泣きそうな顔をしながら、ぷるるのいる足元を見下ろした。


「……このスライム、何とか言ってやってよ……」


「ぷるる(諦めろ。彼女の脳に“恋愛”というファイルはない)」


「何か言ったような気がした……」


「……では、これを」


最後の手段とばかりに、王子は懐から小さな箱を取り出した。中には、赤い宝玉を嵌めた指輪が一つ。


「これは、我が国に代々伝わる、“誓いの印”です。貴女に、この想いを……」


リディアは受け取った瞬間、光沢と重量を見て即座に言った。


「──高純度のアーダイト銀合金に、中心部は魔力蓄積型ルビー……ではありませんわね。人工核ですか」


「えっ?」


「魔導具ですわ。小型の、たぶん鍵型式……形状記憶型機構。ここが融解層になってる……」


そのまま、工房奥の机に移動し、工具を取り出しながら分解を開始した。


「ちょ、ちょっと!? それ贈り物! あの、プロポーズの……!」


「そうでしたの? 申し訳ありません、好奇心が先行しましたわ。……ですがこれはただの指輪ではありませんわね。魔力に対して反応する“認証印”です」


リディアの魔力が触れた瞬間、指輪が赤く脈打った。机の上にあった紙の端が一枚、静かに浮かび上がる。そして──


「“継承系統・起動資格、確認”──?」


彼女の目が、わずかに細まる。


「この文言……前に見たものと同じですわね。地下の魔導核と……」


指先で指輪の裏をなぞると、そこには古いルーン刻印が走っていた。王子すら知らなかったその意味を、リディアは即座に理解した。


「この指輪、鍵ですわ。古代魔導核の、それも“クロウレイン家の血統”に反応する仕組み。なぜ貴国がこれを?」


「えっ……え? いや、うちでは代々、これを“愛の誓い”って……」


「適切なラッピングですね。見た目以上に中身が重要、というわけです」


「……そんなの、わからないよ……」


王子は膝から崩れ落ちた。リディアは、変わらぬ口調で言う。


「ご安心を。愛の意味は分かりかねますが、貴方の“贈り物”は、技術的価値のあるものでした。感謝します」


彼は顔を覆ったまま、かすかに「違う……そうじゃない……」と呟いていた。


「……せめて、せめて名前くらい、聞いても?」


王子・エリクの声は、すでに敗北者のそれだった。顔は真っ赤、あるいは日焼けか。隣で護衛が微妙な顔をしている。


「リディア=フォン=クロウレイン。ですが、今は爵位を持ちませんので、ただの“辺境の無職女”ですわ」


「い、いや……その名前、すごく格式あるというか、なんというか……」


「気のせいです。今となっては、スライムの飼い主でしかありません」


「ぷるる(ひどい紹介だな)」


エリクは諦めたように頷き、肩を落とす。


「……分かりました。今はお断りされました。でも、私は諦めません。貴女にふさわしい男になって、また来ます!」


「ええ、ご自由に。お待ちしてはおりませんが」


「うぅ……かっこいいなぁ……」


そんな情熱と自爆を抱えて、金の馬車は村をあとにした。


その背中を見送った村人たちは、時間差でざわめき始めた。


「……なぁ、今の、求婚だったよな?」


「それをあんなに冷静に……」


「断った……! あの金ぴかを、あの“辺境の”令嬢が……っ!」


「ざまぁ……って、こういうことか……!」


「いやでもすごい……令嬢、カッコよすぎる……」


盛り上がる村人たちを尻目に、リディアは工房の片づけをしていた。


「……感情に訴える方式の使者は効率が悪いですわね。事前に必要な書類を送付すればよかったのに」


「ぷるる(人間の“恋”は書類送付で済むもんじゃないぞ)」


「恋、ですの?」


「ぷるる(はぁ……)」


リディアはまるで聞こえなかったかのように、炉の上を磨き始めた。


「……焼成炉の微細振動が少しズレていますわね。あの馬車の振動のせいかしら」


「ぷるる(お前、情緒ってものが無いのか……)」


村は今日も、パンの香りと共に静かににぎわっていた。


夜が落ちる頃、工房にはいつものように静寂が戻っていた。リディアは作業机に座り、王子から贈られた──否、置いていった指輪を顕微式ルーペで覗いていた。


「この起動符、やはり中枢核の内部ルーンと類似性がありますわね。89.2%一致。……つまり、この指輪は偶然ではなく、系統的に設計されたもの」


スライム・ぷるるがカウンターの上から覗き込む。


「ぷるる(それ、王子本人は何も知らなかっただろ)」


「ええ。おそらく彼自身は“恋の証”程度にしか思っていなかった。だが、造られたのは……明らかに、意図された者の手によるもの」


リディアは指輪の内側に浮かび上がったルーン構造を丁寧にトレースする。中央に刻まれた紋章──クロウレイン家の古い印。


「……そして、これ。中枢魔導核で起動反応を示したあの“球体”の中枢コードと完全一致。……となると」


彼女は少しだけ扇を持ち上げ、顔を上げた。


「……“拒まれた者”に、鍵を託す。なるほど。これは感情を媒介にした封印方式ですのね。……まるで童話のようですわ」


その瞬間──ふっと視界の端に、微かな光が灯った。


リディアはゆっくりと目を向ける。工房の一角、石壁の継ぎ目にうっすらと浮かび上がるルーン文字。それは、核の地下空間で見たものと同じものだった。


「“起動試行、検知。断絶因子、許可層に格納済”……。つまり、私が“断った”ことで、この鍵は認証されたということ」


ぷるるがぽよんと跳ねる。


「ぷるる(失恋が条件のセキュリティって、どうなのよ)」


「……人の感情とは、まこと不合理な仕組みでございますわね」


ルーンはやがて静かに消えた。

だが、リディアの中には残った。

何かが繋がっている。王子の求婚も、神の視線も、そして自分の生まれと、魔導核。


彼女は椅子にもたれ、炉の明かりをじっと見つめる。


「……それでも。パンは焼けますわ」


「ぷるる(それでいいのか……?)」


静かな夜だった。世界が少しだけ、鍵を増やした。

最後までお付き合いありがとうございました。


想いを伝える者と、聞き取る側の認識が根本からズレていたなら――

それはもう、想いが届いたとは言えないのかもしれません。


けれど、それでも何かが残るとしたら?

それは願い? 執着? それとも……世界にとって必要な“鍵”のようなもの?


次回はさらに、想像もつかない場所からの“来訪者”が登場します。

どうぞご期待くださいませ。

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