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村、二つの未来を見る

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回の物語では「選ぶ」ことの本質に触れていきます。力や効率では測れないもの――人と人の間に生まれる“温度”や“想い”は、時に世界の理さえ揺らします。

クラヴィスという存在を通して、「リディアでなくても世界は成り立つのか?」という根本的な問いが浮かび上がってきました。

しかし選ぶのは神でも装置でもなく、共に生きる人間たちです。

ご一緒に、この“未来の分岐”を見届けていただけたら幸いです。

「さて――静かに。誰の意見も遮らず、順に発言するように」

木製の杖を小さく叩いて、村長ベルハルトが言った。年季の入った講堂に、数十名の村人が集まっていた。高い天井には古いランプが吊るされ、かすかに揺れていた。


「本日の議題は二点。第一、帝国の来訪者に関する情報の共有。第二、この村の立場について。我々が今後どう生きるか――それを話し合う」


前列に座る農夫が手を挙げる。「リディア様のことは……信じております。ですが、あの帝国の技師殿も、ずいぶん立派な魔導炉を操っていました。あれは……ただの使節ではないでしょう?」


ざわめきが起きる。村長が手を振って鎮めると、別の声が続いた。


「……あのクラヴィス殿。パンは焦がしていたけれど、魔力の制御は見事でしたよ。村の炉と共鳴していたそうです。見えました、光が……銀青の波が」


「パンは焦げてても食べられる。けど、温もりまでは焦がせませんわ」

ぽつりと、リディアが口を開いた。壁際の椅子に座り、手元のバスケットから小さな丸パンをひとつ取り出す。湯気がほんのり上がっていた。


「うちの子は、リディア様のパンじゃないと食べないんです」

中年の女性が続ける。「冬に凍傷で歩けなかった時も、リディア様が焼いてくれたミルクパンで、あの子、笑ったんですよ」


その一言に、空気がゆっくりと変わっていった。クラヴィスの技術は圧倒的だったが、それでも、村人たちの記憶に残っていたのは、パンの味と、その時のぬくもりだった。


「……クラヴィス殿は、素晴らしい魔導師です。ですが、我々にとっての“未来”とは何でしょうか」

村長が深く息をつく。「選ぶことに正解などない。ただ――我々は、“誰と生きるか”を、今こそ考えるべきなのです」


シェイドが壁の影で記録を取りながら、小さくつぶやいた。「興味深い……感情変数、強く発生中」


ぷるるがリディアの膝で揺れる。「ぷるぷる(なんか空気重いぞ)」


リディアは静かにパンをちぎった。「……会議のあいだに冷めてしまいましたわね。でも、悪くはありません」


誰もそれに答えなかったが、その言葉の端々に、“冷めてもなお求められるもの”が含まれていることに、誰もが気づいていた。


「……こうして会議の議題にまで挙がるとは、思いませんでした」


クラヴィス・アル=フェリオンは、講堂の壁際に背を預けながら、指先に浮かせた魔導式波形をゆるやかに揺らしていた。陽の入らない時間帯、壁の窓は曇り、彼女の輪郭が一層はっきりと浮かぶ。


「ここには、“何もない”と報告を受けていました。けれど……クロウレインの継承装置が稼働している。それも“二重反応”を起こすとは」


彼女の視線が講堂の中央、黙して座るリディアへと向く。「あなたが“第一起動者”だと、理解しています。ですが――継承は、ただの血筋ではありません」


リディアは表情ひとつ変えず、丸パンを小さくもぎ、口に運んだ。「血ではなく、熱であれば、幾度も計られておりますわ」


「ええ。あれは興味深い現象でした。焼きたてのパンに反応する継承波形。正直、狂っていると思った」

クラヴィスの口調に嘲笑はない。ただの“技術者”としての分析だった。


「でも――狂っていても、事実は否定できない。私の波形も反応しました。共鳴率、97.4%。公式には、私の方が適正上位とされます」


村人たちのあいだに、ざわめきが戻る。その“数字”は、彼らにとって具体的な恐怖であり、説得力でもあった。


「それでも」

クラヴィスが一歩進み、静かに言葉を重ねた。「私は、“あなたが敵だ”とは思っていません。あなたの方法に、確かに“温度”がある。それは、公式データでは表せないものです」


「お褒めいただき、光栄ですわ」

リディアはパン屑をそっと集め、手のひらで包むようにして、最後にひとくち分だけ残した。


「でも、それはあなたが“敵でない”ことの証明にはなりません。むしろ、選ばれうる時点で、すでに“障害”です。どれほど優れた人格であっても、パンを焦がす者に私は席を譲りません」


クラヴィスの眉がぴくりと動いた。「パンの……焼き加減で世界を分けるのですか」


「世界はそういうものですわ。誤って焼かれたパンは、誰にも食べられない。ただ、それだけの話です」


沈黙が講堂を覆った。


ぷるるが空気を読まない声で言う。「ぷるぷる(この二人、性格は違うけど似てるな)」


村長ベルハルトがため息交じりに言った。「……それでも、選ばねばならん。どちらがこの世界を担うのか。いや、“誰と”担いたいか……」


クラヴィスは静かに席へ戻り、リディアはパン籠をひとつ抱えて立ち上がる。講堂の扉を開けると、冬の外気がそっと差し込んできた。


「私は、朝の焼き上がりに間に合うよう、戻りますわ」


言葉は穏やかだったが、その背に走る意志は、誰より強く、まっすぐだった。


リディアが講堂を出たあと、残された空気は、どこかしら煤けたように重く沈んでいた。


「…………」


誰も言葉を発せず、ただ木のきしみとストーブの唸る音だけが時間を刻む。


クラヴィスは手元の小端末に視線を落としながら、一人静かに言った。


「“焼き加減で世界を測る”など……非論理的な発言だ。だが、不思議と――」


端末に映し出されていたのは、パンに反応して変化した継承炉の波形。熱分布、構造変位、魔力放出速度。すべてが“彼女の意思”に沿っていた。


「結果は……彼女を支持しているようだ」


その瞬間、村の隅の会議棟裏手から、子どもたちの騒ぐ声が聞こえてきた。


「またパン勝負だー!」

「今日はクラヴィスおねえちゃんが焼く番!」

「いやだ!焦げパンやだもん!」


講堂の窓から見下ろすと、村の石広場で、リディアが簡易炉の前に立ち、子どもたちを相手にしていた。対面にはクラヴィス。白衣をたくし上げ、手にはヘラと小型魔導炉。


クラヴィスは冷静に火加減を調整していた。対するリディアは、手元の生地をふわりと撫でていた。


「焦げたら、罰ゲームですわよ」


「合理的設計に基づいた火力制御が……ええい、発酵度が……!」


焼き上がったパンを見て、子どもが口を尖らせた。


「クラヴィスさんの、ちょっとかたい」

「おねえちゃんの、あったかい」

「どっちもうまいけど……うーん……」


リディアは特に何も言わず、小さな子どもにひとつ差し出した。


「冷めてしまいましたが……それでも、良ければ」


子どもは受け取り、ひとくち噛むと目を見開いて、


「……あったかい……」


声が漏れた。


それを見たクラヴィスは、火の落ちた炉をそっと見つめた。


「この違いは、何だ……?私の魔導炉は最適値を出しているはずなのに……」


村の大人たちが、少しずつ講堂を出てきて、静かにその様子を見守っていた。


ひとりが呟く。


「……あの人のパンには、いつも心がある」


「技術だけじゃないんだな。生き物って、心に触れたものを食べたいのかもな」


クラヴィスは肩を落としつつ、しかし僅かに口角を上げた。


「心、ですか……データに記録できれば良いのですが」


ぷるるがピョンと跳ねて、パンをつついた。


「ぷるぷる(お前、ちょっとわかってきたな)」


夕焼けが村を染めるころ、クラヴィスは独り、自分のパンを口にして、静かに目を閉じた。


「――少し、温かい気がする」


夜、パン工房の裏手にある石造りのベンチに、リディアとクラヴィスが並んで座っていた。

空には星々が瞬き、魔導炉のかすかな余熱が周囲の空気を柔らかくしていた。


リディアは無言でココアを差し出した。クラヴィスは一瞬目を見開いたが、素直に受け取り、一口すする。


「……甘いですね」


「ですから“お子様味”と申し上げたでしょう」


「……悪くありません」


二人の間に、夜の冷気と、静かな呼吸のリズムが流れた。


「あなたは、世界を受け継ぎたいと思いますか?」


リディアの問いに、クラヴィスは少しだけ悩むように首を傾けた。


「私の国は、技術で滅びかけました。そして、それでもなお技術で立ち直ろうとしています。継承者としての私に求められているのは、“世界の制御”です」


「でも、それがあなたの望みですの?」


「……正直、分かりません。私は、“求められた役割”を果たすことでしか、自分の意味を感じたことがない」


リディアは、それを聞いてもなお視線を夜空に向けたまま、穏やかに言った。


「私は、パンを焼きたいだけですわ」


クラヴィスは、くすりと笑った。


「それで、世界が納得してくれると?」


「……パンを食べた人が、そう言ってくれたのです。“これで冬を越せる”と」


そのとき、村の広場に小さな火が灯り、子どもたちの笑い声が響いてきた。

薪の周囲で、大人も子どもも、手にしたパンを割って分け合っていた。


そこに、老人がひとり立ち上がった。


「わしらにとって大事なのは、“誰が神の力を持つか”じゃないんじゃ。誰となら……この村で、一緒に生きていけるかじゃ」


その言葉に、静かな拍手がいくつか続いた。


クラヴィスはそれをじっと見つめたのち、ぽつりと呟いた。


「私の知っている未来予測モデルには……この要素は存在しない」


「なら、新しい未来を焼きましょう。焦がさず、丁寧に」


「……それは、“効率”が悪い」


「でも、美味しい」


「……」


クラヴィスは何も言わず、再びココアをすする。その仕草が、ほんのわずかに、緩んでいた。


夜が、ふたりの影を包み込んでいく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この話では、“対立”よりも“共感”がテーマでした。クラヴィスというもう一人の継承候補は、ただのライバルではなく、リディアの存在を照らす鏡でもあります。

物語は少しずつクライマックスへ向かって歩を進めていますが、そこにはただの勝ち負けでは語れない“選択”の重みがあり、村人たちの声や、パン一つの温かさが鍵を握っています。


今後とも、読んでくださる皆さまの時間に寄り添えるよう、丁寧に紡いでまいります。

次回も、どうかお楽しみに――。

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