誘拐
お兄様は私にランシアへ行けと言うけど、私はソーハンを探さなきゃならない。
それに奴隷の境遇からお兄様を助け出したい。
再会できた奇跡を無駄にしないためにもあそこから助け出す方法はないものかと、あれこれ考えながら城内にある使用人専用の寮に帰った。
まず、奴隷の居住棟の出入り口に兵士は二人。
ここはなんとかなりそうだが城内であることに変わりはない。
棟から逃げ出せても城壁の外に出るにはたくさんの兵士の目をかいくぐる必要がある。
どうやって……。
……私一人の力じゃ無理そうだ。
一人じゃ何もできない自分が情けない。
そうこうしているうちに寮に着いた。
「何深刻な顔してんのよ」
二人一部屋の同室の先輩が話しかけてきた。
「え、ああ、なんでもない。今日も暑いわね」
「もう仕事には慣れた? 一週間くらい経つかしら?」
「ええ。食事の上げ下げだけだから。ただ思っていたのと違って、もっとこう……汚い部屋に押し込まれているのかと思ってた」
「あんたの担当は高級奴隷だからね。下の方は酷いもんよ」
「高級奴隷って?」
「聞いてないの? 王族とか高位貴族の遊び相手をしたり、彼らの周りで働く奴隷の事よ」
「なんだ、遊び相手をするのなら楽ね!」
お兄様が辛い肉体労働で扱き使われていないのなら安心だ。
それにしてもそんな奴隷がいるなんてびっくりだ。ティリティアはどうだったんだろうか。
小さかったから分からない。
しかし先輩は私の言葉にため息を吐いて言った。
「はぁ。ユリは何にも知らないのね。遊びと言ってもピンきりで、そりゃあもうおもちゃのように扱われる奴隷もいれば、夜の相手まで様々よ」
***
王城で働き始めて一年が過ぎた。
まだお兄様を助け出すことができず進展は何もない。
休みはできるだけ街に出てソーハンを捜し、そして手配書がどのようになっているのか確認している。
まだ貼られてはいるが、ほとんどはもうボロボロで、あちこち破れていたりする。
興味がある人は誰もいないようで、立ち止まって見る人はいない。
指名手配されてから十二年、もう王子と王女は死んでいると思っている人が大半ではないだろうか。
推測で描かれている成長した私と兄の似顔絵は、全く似ていない。
お兄様はもっとイケメンだ。
まぁこんな似顔絵、誰も信用していないとは思うけど。
まさかこのマクガイア王国に二十歳と十八歳になった王子と王女がいるなんて誰も思っていないだろうなと思うとなんだか可笑しい。
おばさんが教えてくれた体操の甲斐あって、顔立ちこそ幼いけど胸は立派に成長したと思っている。
腰だって細いから先輩に羨ましがられているのだ。
ノースリーブのワンピースから伸びる腕を太陽がギラギラと照らしてちょっと痛い。
でもその光を浴びているとまるで肌が細胞の中から輝いているように錯覚して、自分でもその輝きに見入ってしまう。
そんなことより捜索しなくちゃと、颯爽と歩くとポニーテールが左右に大きく揺れる。
華やいだ夏の空気に包まれて、私は自分の快活さと若さに怖いものなんか何もないような気がしてきた。
誰も私だと気付かない。全然大丈夫。これまでも大丈夫だったんだから。
まず、ソーハンはお酒を外で飲むことが多かったので、酒場の周りを見て回る。
酒場は大通りから一本入ったところに密集していて、昼間はどこも開いておらず静かで人通りが少ない。
ここも空振りだろうか。
夜に来ないと駄目かなぁと思いながらいったん大通りに戻ろうとすると、なんだか後ろに人の気配を感じる。
この通りには誰もいなかったはず。
一気に緊張が走った。
振り向こうとしたら、後ろから口を塞がれてしまった。
「!」
足をバタバタさせて必死に逃れようとしても男の力には適わない。
なんとか声を発することが出来て、助けて! と叫んでも、誰も助けてくれようとしないで遠巻きに見ているだけ。
女が攫われたぞ! と騒ぐ男の声もするけどそれも空しい。
私はそのまま担がれて近くの幌馬車に放り込まれた。
奴隷にするための子どもの誘拐が日常茶飯事に起こっていることは知っていた。
子どもならまだしも大人が攫われるのは個人の責任で自業自得だと思われているのかもしれない。
でも本当にそう。
無防備で、無警戒で街を独り歩きするなんて大ばか者だ。
そもそも街に出るなってソーハンから言われていたじゃない。
もう二度と会えないかもしれないと思うと胸が苦しい。
この男たちが私を王女だと分かって誘拐したのなら、私の命はもうない。