フィルベール
フィルベール目線です
十一年前、八歳だった俺は両親と別れて護衛たちと逃げる途中、ネグマ山でソフィアとはぐれてしまった。
しばらく山に身を潜めながらソフィアを捜したが、マクガイアの兵士が自分たちを追っている中、そう簡単には見つけることが出来なかった。
ひとまず俺だけでも母上の実家があるランシア王国へ早く逃そうということになり、ソフィアを続けて捜索する護衛兵士を数人残して密かにランシアへ向かった。
だがその矢先、俺は奴隷商に攫われてしまい、マクガイア王国のエクシオ侯爵に買われて奴隷として生きていくことになる。
エクシオ侯爵は俺がソリティアの王子であることに気付いたが、孫娘がマクガイア王国の王太子の婚約者であるにも拘わらず反国王派であるため、俺を国王に引き渡すことはしなかった。
後々利用できるかもしれないと思ったのだろう。
俺はそのまま奴隷として侯爵の近くに置かれて、髪は黒く染めさせられた。
しかし昨年ティリティア王国との戦勝十周年記念式典が行われた日、たまたまエクシオ侯爵の馬車の御者として従事していた俺を見たエリス王女が、侯爵に俺を引き渡すよう要請したのだ。
奴隷ごときの引き渡しなど、おもちゃの交換と同じでそれを拒否するのは不自然だ。
要請と言えども命令と同じ。
侯爵は仕方なく俺にルシオという名前をつけて王女に引き渡した。
そして正体がばれないように、今でも侯爵から秘密裏に髪の染粉がこの奴隷棟まで定期的に届けられている。
だが今となっては俺が王女の奴隷になったからこそソフィアに会うことができたとも言える。
そういう意味では感謝すべきだろう。
「生きていて良かった!」
互いの正体を明かした俺たちは暫く抱きしめ合って喜びを分かち合った。
はぐれた時ソフィアは六歳。それがこんな立派に成長して、しかも健康そうだ。
最近はもう諦めていたし、生きているとしても決して幸せな生活は送っていないだろうと思っていたのだ。
胸のつかえが一つ下りた。
テーブルの方から咳ばらいが聞こえた。
俺たちは食事をしている奴隷たちの邪魔にならないように廊下に出て話すことにした。
「お兄様が奴隷になっていたなんて全く考えもしなかった。私はなんて薄情な人間なのかしら。指名手配書が貼りだされている間は捕まっていないってことだから、生きて護衛の騎士とどこかでひっそりと暮らしているのかと思っていたの。でもそれって自分に都合のいい無責任な考えよね。ごめんなさい」
「はは、何でお前が責任を感じるんだ。小さかったんだから当然だよ。それに探せっこないだろう? それより今までどうやって暮らしていたんだ?」
「山の中で私を拾ってくれた人と暮らしていたの」
「拾われたのか。辛くは無かったか?」
「幸せだったわ」
「そうか、いい人に拾われたんだな。良かった、お前だけでも幸せでいてくれて、……本当に……」
目頭が熱くなった。
いつも俺の後ろをくっついてまわっていた可愛い妹ソフィア。
王太子教育が始まる七歳になって一緒に遊べなくなった時、悲しそうに泣いた姿を思い出す。
ただそれも長くは続かず、すぐに国が滅ぼされて逃げなければならなくなったのだが。
「でもどうしてこんな所で働いているんだ。危険すぎる」
「ちょっと理由があって……」
「そんなに大事な理由か? できればお前はもうここに来るな。この仕事を辞めてランシアへ行け」
「……お兄様までそんなことを言うのね」
「俺たちの護衛や他の生き残った貴族たちもランシアへ逃げたはずだ。そこでならお前も安心して暮らせるだろう」
「お兄様を放ってそんなことできるわけないでしょう!?」
「シッ! 大声を出すな!」
「ご、ごめんなさい。……それに……」
「何?」
「なんでもないわ」
ソフィアは何か目的があってここにいるようだが言いたくなさそうにしているから聞かないでおこう。
ちょっと再会の余韻に浸りすぎただろうか、いつもより長く居ると見張りの兵士も変に思うだろうし、俺の食事時間も短くなるからと言ってソフィアは棟から一旦出て行った。
そうだ、食いっぱぐれないように急いで食事を済ませてしまおう。