ショコラ 眷属・チスイコウモリ
「どうだいショコラ、似合うかな?」
斜め後ろを振り返り、ご主人様は私に向かってキラリとポーズを決めてみせた。
はらり。
その姿を一目見るなり、私のつぶらな瞳から、それよりも大きな涙が落ちる。
「わわっ、だ、大丈夫かい。
お腹でも壊したの?」
私を気遣い、あたふたと心配するご主人様に、私は強く首を振った。
「ううっ、違います。
似合うなんてもんじゃありません!
ショコラは…ショコラは嬉しゅうごさいます…
ご主人様がようやくバカな人間ごっこを止め、本来のお姿に戻られたのだと思うと…ぐすっ。
さあ!
今こそあなた様の真の力を見せつけ、人間どもを恐怖のどん底に陥れるのです!」
ぐっと突き上げた拳をボーゼンと見ていたご主人様は、やがてプッと吹き出した。
「やだなあ、ヒトを悪魔みたいに言わないで。違うよ、これはね、ハロウィン用の仮装さ」
「仮装…?」
「そう。人間が、魔女やミイラ、ドラキュラのキャラクターに扮装して遊ぶのさ。
僕はそのパーティーにお呼ばれしたってわけ」
「む、そうですか…。む、パーティー…」
「ふふっ、ショコラってば、前の夜に散歩に出してやったとき、人間にホウキで叩かれて死にかけたからって。
根に持ちすぎだって」
「…む。
で、でも人間は卑怯です!
十分図体デカイのに、小動物の我々に武器を使ってくるんですよ?!
ちょっと血をもらおうとしただけなのに…」
私の膨らませた頬をチョイッと指で押すと、ご主人様はニコリと微笑んだ。
「よしよし、よほど怖かったんだね。解ってるよ、そんなのショコラの本音じゃないってこと。
…あ、ごめんね。そろそろ僕、いかなくっちゃ。
じゃあ後、頼んだよ。
バイトクビになったらマジでヤバからね。ここの家賃も払えなくっなって、僕ら野良吸血鬼になっちゃうから」
「は、はいぃ…」
頭をヨシヨシナデナデされて、簡単にいなされてしまう私。
「いい?おでんは浸かり具合を確かめてから、肉まんは入れたてのは売っちゃダメで、それから…」
「はい、解っております。
行ってらっしゃいませ、ご主人様」
ご主人様のお出かけの時、私はいつも少し寂しい。
声のトーンを落とした私を振り返ると、彼はまた、私の頭を一撫でした。
「ほら、可愛い顔が台無しだよ?
美味しい血が手に入ったら、お前にもちゃあんと分けてあげるから」
「ほ、ホントですか!?」
「ああ、首尾よくいけば、だけどね」
軽くウィンクして見せる彼に、私はピシッと敬礼の姿勢を取った。
「はっ、バイトの方は何とぞ、このショコラにお任せください!
それではご主人様、お気をつけて」
急に元気になった私に満足そうに頷くと、彼はベランダの手すりに足をかけた。
「じゃ、行ってくるねー」
ファサッ。
と思うと、窓から夜空にはばた…
くこともなく、部屋のすぐ下に停めてある原チャに跨がり
(部屋はワンルームの一階なの)、颯爽と行ってしまった。