下瀬美月《しもせみづき》・人間
後日。
「うぼえっ…ぐえぇぇっ」
やっぱり…だからイヤだったんだ。
美食家のぼくの主食は、言わずと知れた、清らかな処女の血。
いくら彼女を助けるためだったとはいえ、醜いオッサンの穢れた血なんて、ぼくにとって猛毒だ。
それを600mlもやってしまったもんだから、その後強烈な下痢にみまわれ、きっかり1週間生死の境をさ迷う羽目に陥った、というわけ。
その後、何とか生還はできたものの、バイトを7日も休んだせいで、源次郎には、散々愚痴られる始末。
曰く、
「あのさあ番ちゃん。俺もう、75のジジイなのよ?普通、1週間も店番させちゃう?
もうクタクタ、腰パンパンよ、分かるぅ?」
とのこと。
でもま、あの極上の血を味わえたんだなら、それぐらいはよしとしようじゃないか…
いや、下手すりゃ死んでたぞ?
やっぱりこんなの、割にあわない!
何てモヤモヤしていたら、さらに後日。
信じられないことに、あの黒髪ちゃんが、わざわざぼくを訪ねてきた。
「あの…番…さん?」
「え…」
彼女は僕の名札をチラリと見、少し頬を赤く染めた。
レジが暇になったのを見計らい、僕に声を掛けてきたのだ。
「わ、私、下瀬美月って言います!
あの時は本当にありがとうございました。
コンビニで倒れちゃったのを、あなたに助けてもらったみたいで」
「いやあ、助けただなんてそんな、店員として当然のことをしたまでですよ」
キリッとキメ顔で伝えたぼくに、彼女は綺麗な顔で笑った。
聞けば彼女は駆け出しのアイドルで、今は地下のライブハウスでこぢんまりと活動しているのだそうだ。
あの男のことはずっと前から知っていて、気を付けていたのだが、あの日たまたま、ステージが押して遅くなってしまった。会場を出てから、ずっと後ろを付けてくる男があまりに怖くて、目に入ったこの店に駆け込んだのだとか。
「でも不思議。
私、それから後のことを全然覚えてないんですよね。
ただその…夢を…店員さんとあんな…
やだ私ったら!
あの、素敵な夢を見たことばっかり思い出しちゃってて」
「いやあ、ハハハ。何でだろうね」
そう言って頬を赤らめた彼女に、ぼくは苦笑いで返した。
ぼくが吸血時に麗しき乙女に見せる夢は、一定の催淫効果を含むものだ。中には癖になってしまう娘もいて、稀に自ら繰り返し血を差し出してくれる、パートナーになってくれる娘も過去には居た。
今回は、めちゃくちゃタイプだったもんで、つい多めにエキスを入れちゃったのかも知れない。
「そ、それはともかくとして。
あれ以来アイツ、ライブにも全然現れないし。
きっとあなたのおかげだと思って!
…それでこれ、よかったら」
彼女は、恥ずかしそうに顔を赤らめ、オレンジと紫色で彩られたチケットを僕に手渡した。
「え、何これ」
“ようこそ、モンスターの集うハロウィンパーティーへ”
「今度、うちのイベントで、ハロウィンパーティーやるんです。番さんもあの…よかったら」
ニッコリ微笑んで、彼女は店を去っていった。
ふうん、ハロウィンか。
なになに、
“仮装パーティー”だって!?
おいおいおいおい、
吸血鬼が吸血鬼の仮装でもする気か?そんなの、シャレにもなんないよ。
止め止め。人間のパーティなんて目立つ場所、ハイリスクもいいところだ。
ん、でも待てよ?
アイドルグループの開くパーティーなんて。
美味しそうな処女、いっぱい集まりそうだよな…
……………。
よーし。
いってみるか!
こうして、下心に動かされたぼくは、リスクのことなどすっかり忘れ、ウキウキしながら、なくなりかけていた肉饅の補充に精を出すのだった。