透視の能力《ちから》
ええー!?
助けてって言われても…
そりゃあ、僕の力を使えばあんな一般人あっちゅう間だが…
店内で揉め事を起こすのはよろしくない。
店が荒れると店主の源次郎さんに叱られちゃうし、警察沙汰は何かと面倒だ。
ついでにいうと、ぼくの正体が人間にバレるのも宜しくない。
この世には、ぼくみたいな吸血鬼が隠れ住む一方で、吸血鬼狩人などという輩も存在するのだ。
つい先日も、『アメリカ在住のキース君が、身バレして拘束されました』
って、注意喚起のメールが入ってた。
彼は今教会で、毎日ニンニクを大量に食べさせられる拷問を受けているらしい…
ぼくは、そんなヘタを打ちたくはない。
だが、そうこうしているうちに男は、僕らのいるレジの側へ大股で歩いてきた。
「お、お願いっ」
ギュッと僕の背中を掴み、ますます震えている彼女。
はうん!
その恐怖によってトロリと濃くなった血液が、彼女の心臓から、末端まで回っている…
その芳香が、ぼくにはたまらない。
あの白い項にプッツリ牙を立て、じっくりと味わう喉ごしは、どのような至福をもたらしてくれるものだろう。
あっさり欲に負けたぼくは、彼女にコックリ頷いた。
(わかった、任せて。そのかわり…)
(え?)
君からは、あとでたっぷり報酬をイタダくからね。
最後のほうは、彼女に聞こえないほどの小さな声で言った。
ぼくは、彼女を庇うように前に立ち、格好よく腕を伸ばすと、眼前に立つ男をキッと睨みつけた。
「ぅ~…お、おお、お前ぇ~、イクちゃんの何なんだよぉ~…」
男は、僕を睨み上げた。
トラブルを察したのか、客たちは入り口の自動ドアの前で、回れ右をして去っていく。それは却って好都合なんだが…
どうにもマズイ。
男は、背は低いがずんぐりと太って、かなりいい体格をしている。
長身だが、細面な僕は格闘系は大の苦手だ。はっきり言ってめちゃめちゃ弱い。
ジリ…
僕が彼女を庇いながら後ずさると、男はさらに激昂した。
「言えよっコラッ。さてはオマエだれ、さては、
イクちゃんがインスタに上げてた、ストーカー野郎だな?!」
いや、それオマエ。
ツッコミたいのを堪え、カッと眼を見開いた。
ぼくの眼は、超音波センサーのような機能もあるのだ。眼力の精度を上げることで、自在に対象物を透視することができるのだ。
さあ見えてきた。
衣服が透けて、貴様の真の姿が…
うげ、余計なモンまで見えちゃった!
男の全身を、上から下にかけてじっくり、瞳だけを動かしてゆく。
と、彼のポケットに隠した右手に、ナイフが握られているのを見つけた。
コイツ、彼女をコレで…!
更に、透視の精度を上げていくと、
見える、見える、
男の思念までが見えてくる…
なるほどね。
男の予定は概ね次の通りだ。
この後も、奴はずっと彼女を付け回す。
3階建てのワンルームマンションは、おそらく彼女の家。
電灯は疎ら…ここからはかなり離れた田舎のようだ。
彼は、彼女の家への道筋をすでに特定している。
人通りの少ない暗がり。
彼は、ここで彼女に追い付き、ナイフを突きつけて自らの想いを告げる……
ぼくは、さらに透過精度を上げた。
すると、強い色の思念までが視えてくる。
デビュー前、公園でひとり歌っていた時からファンだった。
ずっとずっと見てきたのに。
少し人気が出てきたら、不特定多数の男に愛想笑をふりまいて。
そのうえ、
僕をストーカー呼ばわりするとはどういうことだ?
僕は君のファン第一号ではないか。
君を一番愛しているのは僕だというのに。
愛しているからこそ耐えられない。
君がそんな、思い上がった人でなしに成り下がるのならば、いっそ君を…!
そうだ、これは愛なんだ_____
そこまで視、僕は透視するのを止めた。
頭にカッと血が昇る。
このヤロウ、なんて勿体ないことを考えているんだ。
そんなことしたら、極上の血が全部流れちゃうでしょーがっ!
はっとして、彼は再び僕を見た。
と思ったら、奇妙に顔を歪めて叫びだす。
「ボクラの間を…じ、邪魔する者は、は、排除するぅっ~」
叫びとともに、男は僕らに猛突進をかけてきた。
「ば、バカ。よせって」
困ったぞ。
興奮しきっている男には、僕の催眠は全く効かない。
でも、“あれ” だけはやりたくないしな…
闇雲にナイフを振り回す男から、彼女を庇いつつ考えていると…