惑星〈ドラン〉2
「しかし、今度ばかりは失敗するんじゃないか? ……真っすぐな航路は作れそうもないし、海賊に襲われるしで、いいとこが全然ないじゃないか?」
「でも、海賊が襲ってくるって事は、お金になるってことよ。多分あのカプセルには、莫大なお金になるデータが入っているんだわ」
海賊の行動原理は金と快楽だ。信念や哲学では動かない。
「まあ、たしかにそうかもしれない。……でも、いったい何のデータなんだ?」
「惑星に関するデータだってのは間違いないと思うわ。だって、それ以外の目的で、ここに来ていたわけじゃないもの」
「〈ドラン〉の鉱脈データか何かかな?」
「そうとも限らないわよ。〈ドラン〉はあくまで開発基地であって、開発惑星そのものじゃないもの。ここをベースに、近くの惑星を調査しているから、そっちの方が可能性が高いと思うわ」
「近くといっても、この辺りは、恒星間の平均距離が一光年を大きく割り込んでいる密集宙域だぜ。二十光年内に、恒星だけで数万単位。惑星なんていったら、それこそ無数にある。惑星が無数にあるんだから、海賊が狙うわけも無数にある。やはり、カプセルを解読するしかないか」
「おじいちゃんなら知ってるはずよ。何しろ、データを入れた本人だもの。衛星軌道に乗せたら、ラインを繋いでくれるっていってるから、詳しく聞いてみるね」
「そうしてくれ。事情がよくわからんと、動きようがないからな……」
ハリスは、〈クイーンマリア〉を惑星〈ドラン〉の静止衛星軌道に乗せる。ただし、基地上空よりかなり離れた地点だ。そこには海賊船がひしめいていたため、隙間がなかったし、惑星の反対側では互いに監視できない。また、戦闘状態に陥った時に直接攻撃されないように大気層を間に挾む位置を選んだ。
〈クイーンマリア〉を衛星軌道に乗せ、一息ついていたところに通信が入った。
マッスル・マイヤーだ。
『約束どおり、おめえのじーさんと基地に、一つずつ通信機をいれてやった。今度はそっちの番だ。カプセルを渡してもらおうか』
「わかった。輸送ボールでいいか?」
『それでいい。周波数は、三百二十メガヘルツにセットしろ。こちらで誘導する』
通信が切れた。
「ミリナ。カプセルを輸送ボールで射出してくれ。一番小さいやつでいい。誘導周波数は三百二十メガヘルツだ」
ミリナがコンソールを操作してから一分ほど後、ボールが射出された。輸送ボールは、微弱なビーコンを発しながらゆっくり〈クイーンマリア〉から離れる。しかしすぐに誘導電波に捕らえられ、海賊船に向かっていった。
その数分後、クレアの祖父グロムから通信が入った。
『わしらの事などかまうなといっておいたはずだぞ! クレア』
「だって、そんなことできないよぅ! あたしの大切なおじいちゃんなんだもの」
『海賊どもが、あれの解読に成功すれば、人類に大きなダメージを与えるだろう。
しかし、ちゃんとした管理者に委ねれば、素晴らしい発展を遂げられる、貴重なデータだ。今、やつらは、海賊どもとわしらのコンピュータをフルに使い、解読作業をしている。暗号が解かれるのは時間の問題だ。やつらに渡すくらいなら、破棄してくれた方がよかった。少なくとも、宇宙開拓史以前の暗黒時代の再来は避けられる。ミドル家に生まれた者として、人類のために、未来のために働いてほしかった』
さすがに一代で財を築いた強者である。その声と態度には揺ぎない自信と威厳に満ちていた。歳を取り体力的には衰えたとはいえ、その精神力はますます磨き上げられているようだ。
「あたしは、人類のことなんか知らない。未来よりも今がだいじ。見ず知らずの人よりおじいちゃんが大切なの。あたしは、そんな立派な人間じゃないもの。ちょっとお転婆かもしれないけど、十四才の普通の女の子なの。おじいちゃんが死んだりしたら、あたしきっと、わんわん泣いちゃうわ」
こころなしか、クレアの声がかすれてきている。なにげない振りをしていたが、やはり心配だったのだろう。
「渡してしまったものは仕方がない。今後どうするか考えましょう」
ハリスが二人の間に割り込む。
『そうだな。……クレア、すまんかったな。たいへんな役目を負わせて。わしだって、そんな立派な人間じゃない。正直いって、死ぬのは恐い。命が助かると知った時、心のどこかでは、ほっとしていた。歳をとっている分、ほんのちょっとお前たちより痩せ我慢のできる、普通のじじいじゃ』
「ミリナだって、普通の女の子よ。編み物とか、お裁縫ができるし、お料理だって得意なんだから……」
クレアが、ジト目でミリナを見る。
「ミリナ。なんで、あたしにはできないことばかりゆーわけ!?」
「ええっとぉ、じゃあ、お洗濯にアイロンかけ、お掃除、お化粧、ダンス。お花にお茶、踊り。これだけいえば一つぐらい……」
最後のほうは尻つぼみになる。クレアが、物凄い形相で睨んでいた。
「悪かったわね。一つもできなくて」
クレアが静かにいった。こういう時のクレアは、ギャースカわめき散らすより、数段恐い。普段は愛らしい八重歯が牙に見える。
「クレアは、宇宙船の曲芸飛行ができるし、射撃大会では右に出る者がいないし、爆弾作らせたら王国一だし……。じゅうぶん普通の女の子よ」
「どこがぁ!!!!!!!!」
まったくその通りである。
『はっはっは。相変わらずじゃな。ふたりのぼけ突っ込みコンビは……。この二人がいっしょなら、深刻な事態もそう悲観することもないように思えるから不思議じゃ』
グロムは、さも可笑しそうに笑った。
「そう! こっちが真面目に話しているのに、いつのまにか漫才になっている」
ハリスは口調こそ抗議しているが、口元には笑みを浮かべているのが見て取れる。
「あたしのせいじゃないもん!! ミリナが変なこというからいけないんだ」
「あ~~ミリナのせいにしたぁ。あたし変なこといわない。いつもまじめよ」
まじめに変なこといってるようじゃ救いようがないわ。
クレアは頭を抱えた。
「これじゃあ、話しが進まん。二人とも、頼むからしばらくおとなしくしていてくれ」
二人ともといわれてクレアはむっとしたが、話しを進めるのに反対ではないので、ぐっと我慢した。
用語解説
※1.輸送ボール
簡単な推進装置や誘導装置の付いた球形のコンテナ。
大きさや誘導方法などは規格化され、主に宇宙空間での物資輸送に使われる。