惑星〈ドラン〉1
S.D.二百七十七年。銀河王国は、前女王の指導により、急激に勢力を伸ばしてきた。
二度にわたる銀河大戦以前、王国は銀河連合の列強の一つではあったが、群を抜いて強大だったわけではない。
それがわずかの間にこれほど巨大な王国を築けたのは、前女王の類まれなる政治手腕と、戦略戦術に優れた将に恵まれた上、王政という政治形態により意志決定が迅速であった為と、後の歴史学者は分析する。
戦争の発端は老朽化したバイオコンピュータの大暴走であるが、それは単なるきっかけにすぎない。
民俗、宗教、思想上の対立と人口爆発に追われるように、惑星開発および移住を繰り返してきた為、中には十分な調査を行わずに移住し始めた星がかなりある。短期間ならいいが、そこに一生住むとなると健康上問題が生じたり、いくつかの資源がまったくなかったり、あるいは多すぎて、始末に困ったりした。
新たな星を開発しようにも、近くて条件のいい星はあらかた開発されつくされ、残っているのは、屑星ばかりだった。遠く離れたところならば、まだたくさんの星があるのだが、何週間もかかるようなところに、何億人という人民を移住させるのは事実上不可能だ。下手をしたら人工増加率の方が上回りかねない。
国同士の意見を調整し、必要があれば武力行使もできる銀河連合も設立されていたが、大きくなりすぎた組織は腐敗し、そういった切羽詰った国に対しては無力だった。
さらに、そういった状況を利用して権力を握ろうとした者も多い。生き延びるには開戦しかないと叫ぶ者、あくまで再移住を呼び掛ける者、宗教を利用した聖戦を告げる者など、数え上げれば枚挙にいとまがない。
かくして、火種さえあれば、勢いよく燃え上がる状況が作られたのだった。
ただ、勢いよく燃え上がったのはいいが、その勢いが強すぎた。一つの国が多数の国と争い、その戦っている国もまた別の国と戦っている上、その国の中でさえ部族や宗派で争い、まさしく銀河中が戦火に見舞われたのだ。
そんな中で前女王率いる王国は、数ある国の中でも政治的基盤が整い、星系の条件もよく、政治的にも経済的にも安定していた。
国対国の戦争を行っている時に、自国内でも権力争いを行っていたのでは、一枚岩のような王国に太刀打ちできるわけがなかった。たちまちのうちに叩き伏せられ、属国とされる。自ら戦う力のない国々は、王国と同盟を結び、保護してもらう代わりに必要な物資を供給した。
そうして、自らが積極的に侵略戦争を仕掛けたわけではないが、けっきょく国力の高い王国が、銀河の半分を支配することとなった。
しかし、前女王が急逝すると同時に、不穏な動きが見え始めてきた。前女王の強大なカリスマで維持してきた王国の後継者が、若干十七才の海とも山ともつぬ少女である。侮る者、不安を抱く者、へつらう者、あおり立てる者などが後を絶たず、王国は弱い部分から崩れだそうとしていた。
それを裏づけるような事件もいくつかおこっている。内部では、現女王の暗殺未遂事件や、辺境地区の独立運動。クーデター未遂事件等。外部では、他の国々が勢力を伸ばし、いくつか小競合いも起きている。
さらに有事に備え、中央や国境付近の主要地域に艦隊や警備隊を集めたため、辺境地区などの治安が著しく悪くなっており、海賊や犯罪結社などの被害は、増える一方だった。
また、新型のハイパードライブ装置が民間にも普及し始め、生活圏が拡大したことによりさら治安維持が困難になっていた。
今、銀河は激動の時代を迎えんとしていた。
〈クイーンマリア〉が惑星〈ドラン〉に着いたのは、それから二日後だった。航路が存在しないほどの辺境の上、星が密集しており、ハイパードライブのスピードを上げられない。おまけに、あちこちに星間物質の吹きだまりがあって、重力場を乱すわ基準星を見えなくするわ、はぐれた船を待っていなきゃいけないわで、結局それだけかかったのだ。
〈ドラン〉は海陸比七対四程で、重力はテラより少し低い程度である。大気成分はほぼテラと同じだが、硫化水素を中心とする有毒成分が数パーセントほど含まれ、そのままでは人間は呼吸することができない。
ほんの少し前――といっても数百年前だが――までは生命がいたらしいが、火山活動の活発化で大量に吹き出した硫化水素のために、絶滅したらしかった。今現在、火山活動は鎮静化している。
またこの時二酸化炭素なども同時に吹き出しており、これが上空の水蒸気と溶け合い炭酸の雨となって降り注ぎ、地下に染み込む。それは石灰岩などを急激に侵食して、わずかの間に数多くの洞窟を作った。
ミドル惑星開発基地は、その〈ドラン〉の地下に迷路のように拡がる鍾乳洞を利用して建設されていた。
「やれやれ、ようやく到着だ。それにしても、よくもまあ、こんななんぎな辺境を開発しようなんて思い付いたな。あんたのじーさんは……」
ハリスは、ぶつぶつつぶやくようにいった。
「でも、けっこう有望な惑星が多いみたいよ。それに、ライバル会社がまだ目を付けてない宙域だし……」
クレアが弁護する。ミリナは残骸となったクレアのクルーザーから持ち出した編みかけのセーターを編んでいた。彼女は自分にとって興味のない問題には、まったく関心を示さないのだ。
「だろうな。開発の困難な惑星や宙域を、見事に大発展させ、惑星開発の魔術師とまでいわれた、グロム・ミドル氏らしいぜ」
今でこそ、王国一、二といわれるミドル財閥だが、その前身は、惑星開発ラッシュ時代にグロムが始めた惑星開発コンサルタントだ。
テラタイプの惑星探査や調査、惑星改造の指揮、企業誘致、移住者の募集と輸送など、惑星開発に関係のある物なら何でもやった。
そして、テラフォーミングに失敗する者。魅力的な資源や産業がなく、移住者にそっぽを向かれる者。企業誘致に失敗する者などが相次ぐなかで、グロムの関わった惑星は例外なく大発展した。その評判がさらに多くの移住者と企業を集め、また発展する。
この好循環の繰り返しによりグロムは、わずか一代でミドル財閥を築いたのだ。
しかしここ二十年ほどは、人類の故郷〈テラ〉やその周辺の経済的中心地付近の惑星は開発されつくされ、開発の主力は辺境地区に移ったが、〈テラ〉からの距離が離れすぎる上、第一次、二次銀河大戦により人口が激減し、移住者も減り続け、惑星開発はもはや主力産業とはいえなくなっていた。最近の惑星開発は、希少資源の採鉱が主な目的だ。
だが、新型ハイパードライブがわずかながらも一般に普及し始めた事により、再び惑星開発ラッシュの兆しが見え始めていた。今まで三日かかっていた所に、新型ならば一日かからずにいける。星が密集し、航路が複雑なら、この差はもっと開く。
特に移民などする場合は、一つの船に大勢の人々を乗せるため、食料や空気の供給と、排泄物の処理だけでも膨大な手間とコストがかかるし、長期にわたり大勢の人間を狭い空間に閉じ込めると精神的にかなりの負荷がかかる。よって、航行日数は短いほどよい。
旧型は基本的に直線的な航行しかできないし、ちょっとした重力場にも近寄れない。バランスを崩すと、たちまちのうちにハイパースペースから弾き出されてしまうのだ。だから加速も減速もゆっくり行わなければならないし、方向転換する時はいったん通常空間に戻り、次の方向を定めた後再びハイパードライブを行うのだ。
その点新型なら、安定性が高くハイパードライブ中でも方向転換が可能だし、旧型に付き物だった不快感もない。いい事ずくめの新型だが、これの欠点は値段が高いことであった。
中枢部に使われているハイパークリスタルが、地下何キロメートルも掘り返したあげく数グラムしか採れず、今のところ人工的な合成にも成功していない。よって値段もべらぼうに高く、クリスタル一片で戦艦が一つ買えるほどだ。十年も前に開発されていたのに、軍艦などにしか使われなかったのはこのせいだ。最近になって、センサーの感度が上がり、ハイパークリスタルの探知が容易になったことで、すこしづつだが値段が下がり始めた。
もう一つの問題は、あまりの速さに、コンピュータやセンサー、重力コントローラが追い付かないことである。ハイパー空間は、重力場やエネルギーに対して過激に反応する。通常空間での一Gがハイパー空間では、一千G(通常空間換算)にも達する。そのかわり距離が離れれば、急激に減衰するのだ。
そのため通常空間の重力場が、ハイパー空間に虫食い穴のような重力井戸を作る。
これらを探知し、避けたり中和したりするには、高速大容量のコンピュータと、敏感なセンサー。そして、レスポンスのいい重力コントローラが必要だ。よって、容量の小さな船では、新型の性能を一割も使えなかった。超弩級戦艦でさえ二割か三割がいいところだ。それでも旧型より、はるかに速いのだが。
このため、アーノルドマークIIIへの期待が高まっていた。
用語解説
※1.バイオコンピュータ
有機コンピュータなどとも呼ぶ。
遺伝子操作した人間の細胞などを培養し、電子計算機と融合させ、人間に準じた思考のできるコンピュータ。
しかし生体部品の寿命は数十年ほどで、人間が認知症などを発症するように
長年使っていると、バイオコンピュータも認知症のような症状を示す様になる。
しかし生体部分を取り替えると記憶や経験が失われ、性能が大幅に劣化するため、様々な補助部品を取り付け延命を図るものが続出した。
※2.基準星
位置測定の基準となる星のこと。
主にパルサーや青色巨星や赤色巨星などが設定されている。
基準星はスペクトルパターンや位置情報が高精度で解析されていて、そのデータと実際の観測データを突き合わせることで自分の正確な位置を知ることができる。
なお位置情報を計測するためには最低3つの基準星を見つける必要があるがたくさんの星がある銀河系内で、それを見つけるには一つ一つ観測と比較を繰り返す他なく、なかなか手間のかかる作業ではあった。
※3.ハイパークリスタル
新型ハイパードライブ装置の中枢部品。
超空間同調機の心臓部に使われる。