宇宙探偵ハリス登場5
「ハリス。通信が入ってるけど、どうする?」
「ほっとけ。逃げるのが先だ」
その数秒後、すべてのスクリーンに、男の顔が映し出された。さっき通信を送ってきた奴だ。
「げっ! 強制映像か? 最近の海賊は贅沢だな」
ごく最近開発された強制映像投射装置は、電源を切ってもスクリーンに直接反応し、相手に映像を送ることができる。ただし、装置そのものが非常に高く、かつ、べらぼうにエネルギーを食うため、誰もが使えるわけではない。さらに、音声が送れないので、テロップないし身振りで意志を伝えなければいけないのが欠点だ。
その男がすっと脇に寄り、代わりに一人の老人が映る。
「おじいちゃん!」
クレアが思わず叫ぶ。
彼女の祖父グロム・ミドルはわずか一代で王国一、二といわれるミドル財閥を作り上げた伝説的人物である。今は息子であるスタンに、ほとんどを引き継ぎ、第一線を退いており、ミドル惑星開発事業団のみ実務を担当している。
「人質ってことだろう。テロップを見るまでもない。どうする? このまま逃げるか、降伏するか」
「おじいちゃんを助け出して、逃げるってのはないの?」
「しょせん一時しのぎに過ぎない。惑星開発団がまるごと人質に取られているようなもんだからな」
クレアが黙り込む。スクリーンに流れるテロップにも気付かないようだ。
「とにかく交渉してみよう。何か有利な条件を付けられるかもしれない」
「お願い、ハリス。なんとかおじいちゃん達を助けて」
「できるだけのことはする。ファル、強制映像シールド。通常の通信回路を開け」
【了解しました】
それと同時に、スクリーンは通常の表示に戻り、通信回路の同調が行われる。
「このコンピュータ、ファルっていうんだ。可愛い名前ね。ハリスの趣味?」
「前の名前は危なすぎるんで、おれがつけた。短くていい」
「すっごい名前だったわけ?」
「名前そのものは危なくない。前はパンドラって呼ばれていた。それで、船の名前が、パンドラの箱。名前のとおり、パンドラが箱を開ければ、人類にありとあらゆる不幸や苦しみがもたらされるって意味だ」
「それって、どういうこと……あっ、同調したみたい」
クレアは、コンソールを操作し、通信回路をメインスクリーンにつないだ。
相対速度が高い上、海賊船側は最大加速で、ハリスの船を追っているので、同調にいつもより時間がかかった。
『俺もこんなまねしたくなかったが……。お前たちを逃がしたらこっちの首が危ないんでな。まっ、かんべんしてくれや』
スクリーンに映った男がいった。
「おじいちゃんに酷いことしてないでしょうね!?」
『安心しな、お嬢ちゃん。あんたのおじいちゃんは、元気だよ。元気すぎて困るぐらいだ』
スピーカーからかすかに、私のことはかまうな、というグロムの声が聞こえる。
『おまえ達の命まで取ろうってわけじゃない。お前の持っているデータカプセルをもらいたいだけだ。用が済んだら、無事に解放してやる』
「海賊のいうことなど信じられんな。カプセルを渡したらみな殺しってのはかんべんだぜ」
『そらそうだ。俺だって信用なんかしねえ。だがよ、海賊行為だけならまだしも、民間人や貴族を殺したひにゃ、追及の手も厳しくなるってんで、殺しだけはするなって、いわれてんだ。俺はどーでもいいんだが、うちの参謀がうるさくてよ。最近は、きれいな仕事ばかりだ』
「あんたのとこのボスは誰だ?」
『ドン・グレイトだが、そんなこと聞いてどーすんだぁ?』
「ファル! 照合しろ」
【ドン・グレイトの一味はここ半年で九回の海賊行為が確認されていますが、一般人の殺人は行っていません。なお、今映っているのは、マッスル・マイヤーと呼ばれているドン・グレイトの右腕です。二年ほど前、キル・フォースを参謀に加えたことにより、大きく勢力を伸ばしています】
ファルがすかさず答える。
『こいつはおどろいた。よくもまあ、こんな辺境を縄張にしている海賊のデータが入ってたな。てめぇ、なにもんだ? その船の武装といい、王国のパイレーツポリスかなんかか?』
「おれは、ハリス・ホワイト。ただの私立探偵だ」
『照合しろ』
『【セント・バーリア孤児院出身。現在十八才。およそ二ヶ月前、当時王女のマリアを二度にわたる陰謀から救い、騎士の位を与えられるがこれを辞退。その後、孤児院を出て私立探偵を始める】』
「こいつはおどろいた。こんな辺境で中央のデータが入ってるとは。てめぇ、ただの海賊じゃないな?」
ハリスは、マイヤーの口調を真似していった。
「どこかで聞いたことのある名前だと思ったけど、あなたが、あのハリス・ホワイトなんだ……」
クレアがつぶやくようにいった。
『騎士といやぁ、名誉と部下と、小さいながらも領地が与えられる。その後の活躍によっては、より上位の爵位ももらえる。なんとももったいねぇ話だ』
「おれは、人の上に立つようながらじゃないからな。一人でやってるほうが気楽でいい」
『だろうな。てめぇにとっちゃ名誉や権力はさほど魅力があるもんじゃねぇんだろ、アーノルド・セイヤー博士』
「おまえ、どこでそれを!?」
「アーノルド・セイヤーですって!?」
ハリスとクレアが同時にいった。ミリナは、会話と関係なしにケーキを食べていたが、その声でスクリーンに注意を引き付けられる。
『おれもおどろいたぜ。機密扱いのデータがバシバシでてきやがる。まさかてめえが、王国の英知アーノルド・セイヤーだとはな。キル・フォースの野郎、とんでもねえデータを集めてやがる。そのおかげでこの船のデータバンクはパンク寸前だがな』
とんでもない所ではない。アーノルド・セイヤーといえば、ハイレベルコンピュータやスペースデストロイヤー等、数々の発明や理論を発表し、王国の英知とまでいわれ、今、王国、いや、銀河で女王マリアと共に最も注目を集めている人物である。特に、現在使われているコンピュータのほとんどは、彼の作ったアーノルドマークIIがベースになっている事を知らない者はまずいないだろう。
しかし目立つのが嫌いらしくほとんど人前には出てこない上、取材はおろか写真さえ取らせてくれないという変わり者だ。ある放送局が、彼の映像や経歴を放送しようとしたところ上から圧力がかかって、取り止めになったという噂も聞く。
「どっちが本当の名前なの?」
「ハリス・ホワイトが本名だ。アーノルド・セイヤーは、資金稼ぎのための偽名だ」
「資金稼ぎって?」
「探偵を始める資金さ。この間の事件で、この船と知名度を手に入れたんでさっそく探偵を始めたんだ」
『その船のデータも入っていたぜ。王室情報局の新型テスト艦、コードネーム〈パンドラの箱〉。三百メートルクラスとはいえ、二千メートルクラスの超弩級戦艦と互角に渡り合える火力と機動性を誇る。……俺たちが、あっさりコケにされるわけだ。まともにやりあってたら、こっちが全滅するとこだったぜ。なぜ手加減した?』
「海賊とはいえ、人殺しは好かんからな。それに、武器がもったいない」
『いってくれるぜ。……それなら、こうしちゃぁどうだ? とりあえず、データカプセルは俺によこす。おめえたちは、その船から出なくてもいいが、俺たちの仕事が終わるまで、〈ドラン〉から出ない。その船の中にいりゃ、安全だろ? しかも、基地のやつらと連絡を取れるようにしてやる。これなら約束を破ったとたん報復措置が可能だ』
「いいだろう。データカプセルは、渡す。〈ドラン〉からもでない。……だが、約束を破ったら、お前たちみな殺しだ。それと、この船のデータが古いぞ。こいつは二千メートル級どころか、十キロ級軌道要塞ともやりあえるように、設計し直されたんだ」
十キロ級といえばその主砲は、四百センチ前後の半固定式メガ粒子砲だ。超弩級戦艦でも百~百五十センチだからそのパワーは四倍から十六倍以上。さらに砲門の数も多いし、火力だけを比べるなら、超弩級戦艦の三十倍以上の破壊力がある。
『それじゃ、こっちの方が不利のような気がしてきたぜ。まあ、いいか。そっちは極悪非道の海賊ってわけじゃねえし……。破壊された船の野郎どもを回収した後、惑星〈ドラン〉に向かう』
通信が切れて、スクリーンは通常の表示にもどった。
用語解説
※1.パンドラの箱
あまりにも有名な、この世のあらゆる災厄を閉じ込めた箱のこと。
※2.パイレーツポリス
王国宇宙警察特別機動課の俗称。海賊課などとも言われる。