宇宙探偵ハリス登場3
「さて、そろそろ事情を説明してもらいましょうか」
紅茶とケーキが出たところで、ハリスが切りだした。
「事情も何も、あたしもよく知らないんだ。突然、惑星開発基地に海賊どもが降りてきて、あっという間に制圧されちゃったの」
クレアが話始める。ミリナは、ケーキを頬張ることで精一杯で、とても会話に加わる余裕はなさそうだった。
クレアが話したことをまとめるとこういうことだった。
五日程前。ミドル財閥惑星開発事業団の開発基地がある惑星〈ドラン〉に、クレア達が遊びに来ていた時の事だ。突然、海賊達が惑星を包囲し、上陸部隊が基地を制圧してしまったのだ。クレア達はその時、祖父のグロム・ミドルにつれられ、コントロールルームに見学に来ていて、いち早く情報をキャッチすることができた。
この基地がそう耐えられないと感じたグロムは、ある重要な情報をデータカプセルにパックし、クレアに渡した。クレア達はすぐさま迷路のようになった地下通路に潜り込み、隙を見て〈ドラン〉を脱出したのだ。
「あたしたち、来たばっかりだったし、お客さんだから職員名簿にも載っていないでしょ。だから、いなくなっても怪しまれなかったんで、うまく脱出できたわけ。
でも、追われているうちに、そこの吹き溜りにつかまって、抜け出せなくなって、やられちゃったの」
「やっぱりあの時、右に行くべきだったんじゃない? あたしが左の方は、なんか傷害物があるから、やめようっていったのに、利用できるかもしれないからって、クレアったら強引に左へいっちゃうんだもん」
「いまさらいってもしょうがないでしょ! どっちにしてもパワーが違うんだもん。そのうちつかまっちゃたわよ」
海賊達の船は、この宙域に合わせて強化してある上に、地理に明るいようだった。
「多分この辺りを根城にしている海賊だろう。なぜ、突然襲ってきたのか、そのカプセルを解読してみればわかるんじゃないかな?」
「でもこれ、暗号化されていて、家のコンピュータに入っているキーワードがないと解読できないと思うよ」
「できるかできないかは、やってみなくちゃわからんさ。とりあえず、コンピュータに放り込んでおこう」
ハリスはカプセルをエアシューターに放り込み、テーブルの脇の操作キーを二、三たたいた。
その時、警報が鳴り響く。
【飛行物体接近。識別コードなし。四百メートルクラス二隻、二百メートルクラス十隻、百メートルクラス二十五隻です。至急コントロールルームにお戻り下さい】
「コンピュータにしては可愛い声ね。ハリスの趣味?」
「こいつの教育係の趣味さ。めんどくさいからそのままにしてあるけど」
ハリスとクレアが立ち上がる。
「ちょっとまって。まだケーキあるのにぃ……」
まだ食べてたんだ……
「いいから、皿ごと持ってらっしゃい」
「いいの?」
といいつつ、ミリナはケーキの本体が乗った大皿を持ち上げた。
「早くいらっしゃい」
小皿の方よ! という気力もなく、クレアはミリナをせかす。
一番にコントロールルームに入ったハリスは、左前方の操縦席に飛び込んだ。
「クレア。航法できるか?」
「見そこなわないで。これでもA級パイロットの免許もってるんだから」
ハリスが口笛を吹く。A級といえば、限定解除。すべての宇宙船、すべての航路内外を操縦できる資格だ。とても十四才の少女に取れる資格じゃない。これがB級C級になると、船の大きさや、通れる航路等に制限が出てくる。
「それじゃあ、航法席に座ってくれ」
クレアが、ハリスの右に座った。
「ミリナは、コンピュータ制御席。クレアの後ろだ。コンピュータは使えるよな?」
「一応B級持ってる。クレアと一緒に教習所通ったから……」
ミリナがケーキを頬張りながらいった。一人ですべてができる。それがパイロットだ。パイロットといえば操縦はもちろんの事、船の整備に修理までやれるのだ。
「じゃあ、早いとこ座って、戦闘モードにしてくれ」
ハリスの船〈クイーンマリア〉には、この他機関制御席と二つの予備シートがある。最低一人いれば動かせるが、やはり人間がサポートした方がいい。
ミリナは、ケーキを機関制御席のシートベルトで固定してから、隣へ座った。そして、素早くコンソールを操作し、チェックリストを読み上げる。
「うんとぉ、全部オッケーです」
「ミリナぁ、それって省略しすぎじゃない?」
「だってぇ、いっぱいあるんだもの。いちいち読み上げてたら、日が暮れちゃうわ」
「全部オッケーでかまわんさ。それよりやつらの動きはどうなっている?」
「前方、軽巡洋艦を中心に、おわん型で展開しています」
クレアが、ハイパーレーダーを見ながらいった。後ろは抜け出てきたばかりの降着円盤だ。この中に再びもどれば、かなり動きが制限される。事実上、囲まれているといっていい。
「それにしても、たかだか三百メートルクラスの船一隻に、ここまでするかぁ?」
「無条件降伏させて、生け捕りにしたいんじゃない? あっ、通信が入ってる」
クレアがコンソールを操作するとサブスクリーンに、いかつい男の顔が映った。
いかにも力でのし上がってきたという感じの男だ。
『お前たちは、完全に包囲されている。黙って、データカプセルをよこせば命だけは助けてやるぞ』
「ちょっと待て、今相談する」
ハリスは、それだけいうとさっさと手元のスイッチで切ってしまった。
用語解説
※1.降着円盤
中心にある重い天体の周囲を公転しながら落下する物質によって形成される円盤状の構造。
詳しくはwiki等を参照。