〈ドラン〉爆破3
ハリスからの信号が届いたのは、マイヤーからの通信が切れてからしばらくしてからである。わずか0.01秒の信号であり、それ自体は何の意味もないただの数字である。だが、〈クイーンマリア〉はこれに反応する。“GO”の合図だ。
コックピットのすべての計器に火が入る。ミリナは、コンピュータ制御席に座った。彼女の操縦はあまりうまくないので、大気圏突入は、予めプログラムされたコースを辿る。予測外の事が起こった場合のプログラム変更くらいしか、ミリナのやることはない。
「ファル、プログラム“FIRE BIRD”実行」
“了解”
〈クイーンマリア〉が吠える。アイドリング状態から一気に最大出力だ。
衛星軌道を逆に加速し、急激に高度を下げる。続いて、小型ミサイルを全包囲に発射し弾幕を作る。そのうち数発は、先んじて大気圏に突入し、爆発。電離層等を刺激し、電波障害を起こす。
ミサイルの爆発はハイパー空間をも刺激し、一時的にレーダーや通信機などを使えなくする。海賊達の船は文字どおり目と耳を塞がれ、〈クイーンマリア〉を見失なった。
ミリナの乗る〈クイーンマリア〉は、バリアを最大にし、大気圏にほぼ垂直に突っ込んだ。普通ならバリアは消滅し、燃え尽きてしまう無謀な行為である。だが、〈クイーンマリア〉の強力なバリアを見込んで、正確に負荷が計算されていた。
減速は、核融合バーナーで行う。Gドライブではセンサーに引っかかる可能性が高いためだ。しかしこれは、ミリナへの負担も大きい。船体としては三十G。コックピット内部では十Gもの加速がかかった。〈クイーンマリア〉に最新式の圧力分散シートが備え付けられていなければ到底耐えられなかったろう。
普通、核融合バーナーでの最高加速は、五十メートル以下級の戦闘機で三十Gぐらいである。これが大きくなるにつれ、どんどん下がっていき、二千メートル級の超弩級戦艦なら五G程度がいいところである。これは、構造材が耐えられなくなるのと、慣性中和機構が大掛かりになってしまうためである。
乗員のいる空間すべてを徹底した慣性中和機構で覆うには、それなりの空間と重量がかかる。よって、乗員の沢山乗っている船ほど、高加速には耐えられない簡単な構造の中和機構になってしまうのは当然といえる。
〈クイーンマリア〉の場合、コックピットといくつかの高加速に耐えられない施設のみ慣性中和機構が施されている。コックピットは、わずか六人しか入れない狭い場所だ。そのため、ありとあらゆる技術を用いても、たいした大きさは取らない。
ミリナは高加速の中で気絶もせずに、〈ドラン〉の海が写るスクリーンを見つめる。船尾を下に落下しているので、当然後ろの光景である。
程なく、〈クイーンマリア〉は惑星開発基地の東側に広がる大洋に身を沈めた。
そしてミリナは、有線アンテナを海面に浮上させ、再びハリスからの連絡を待った。
基地の人々が乗船を始める。全長二百五十メートルの新型船は、調査船としてはかなり大きい方である。これは、航路調査の他に物資の輸送や中央本部との連絡など、多目的に使うためと、新型を載せるには、ある程度の大きさが必要なためである。
他の二隻の旧型船は百メートルクラスの、ごく普通の調査船だ。
しかし新型船が、多少大きいとはいっても、さすがに二百人も乗せるとなると話は別だ。通常の居住空間には三十人も詰め込めば限界に達する。スペースはあるのだが慣性中和機構が負荷に耐えられないのだ。もちろんGドライブしか使わないのであれば多少狭くても乗せられないことはない。――今の状況ではそんなことはあり得ないが……
よって、貨物等の格納スペースに居住カーゴを積み込み、ほとんどの人はそちらに乗ることとなる。
そのころ、ハリスとクレアはそれぞれ旧型船に行き、コンピュータに新たなプログラムをロードする。これは、〈クイーンマリア〉で作成しておいた遠隔コントロールのプログラムだ。
旧型船をおとりに使うのは前からの計画である。人が操作するのに比べればまったく頼りないものだが、戦力が違いすぎるため、使える物はすべて使わなくてはいけないのだ。
「作業は終わったか?」
ハリスはもう一隻の旧型船に行っているクレアを呼び出した。
『今、システムチェックしてる。もうすぐ終わるわよ』
クレアはコンソールを操作しながらいった。
「そうか。それが終わったら、じーさん達の方へ乗れ。〈クイーンマリア〉が来たらミリナもそっちに乗せる」
『ちょっと待って! どーゆーことよ?』
「やつらの標的になるおれの船の方が危険度が高い。万一の場合、犠牲は少ない方がいい」
調査船の武装は非常に貧弱な物である。それというのも戦うための武装ではなく、障害となる浮遊物などを破壊するための武装だからだ。よって、武器も低出力の近距離レーザーとメガトンクラスの低速ミサイルが数発といった具合いである。
これでも隕石等になら十分な破壊力を持つが、完全防備の戦艦相手ではほとんどその効果は期待できない。隕石にはバリアもレーザー反射膜もないのだ。
ミサイルの弾頭はメガトンクラスであり、破壊力はあるものの大きすぎて機動性に劣る。こんなミサイルにあたるのは、よっぽど間抜けなパイロットだけである。
危険な宙域を飛ぶということでバリアと装甲は強化してあるとはいうものの、戦闘の際は猫ほども役に立たない。唯一戦えるのは〈クイーンマリア〉だけであり、当然そちらへの依存度は高くなる。
『ハリス、死ぬつもりなの?』
「ばかなことをいうな。ただ、状況はあまりにも絶望的だ。片方が犠牲になって敵を引き付けなければいけない事態もあり得る。二隻ともやられてしまうより、一隻でも脱出した方がましだからだ。そうなると攻撃力のない船がおとりになっても無駄だ。やつらは鼻にも引っ掛けないだろう。しかも、基地の人を逃がしてから〈クイーンマリア〉が逃げなければいけないのに、すでにおとりに使える機体がなくなっている可能性もある」
ハリスは基地にある旧型船の他に、〈クイーンマリア〉に搭載している〈リトルボーイ〉八機をおとりに使うつもりだった。
〈リトルボーイ〉は、直径七.二二メートルの球形をした、コンピューターによる自動操縦戦闘機だ。人が乗らない分、機動性に勝れているが、武装は五センチのメガ粒子砲一門と、レーザー砲が二門、三十二発の小型ミサイルしかない。一撃離脱が基本戦術であり、〈クイーンマリア〉の補助をする。
どんなに勝れた戦艦でも、いや、勝れた戦艦であればあるほど戦闘艇や戦闘機等の補助が必要である。それなくして十分なパワーは発揮できない。そのへんは〈クイーンマリア〉でも同様だ。火力で見ればたいしたことないが、その役割は重要だ。
『だったら、なおさら一人じゃ無理よ。いくら一人で操縦できる船でも、二人で操縦した方がずっといいわ。A級パイロットが二人いれば、どんなアクロバットだってこなせるわよ』
考えてみれば、A級自体持っているパイロットは少なく、それが二人も居会わすことは奇跡に近い。それほど高度な技術を要する、難しい資格なのだ。
「そうかもしれない。自動化を極限まで進めたとはいえ、まだまだ人間に頼る部分も大きい。コンピュータもまだまだ経験が足りないし。乗員がすべて揃い、技術的に熟練し、いいチームワークが作れた時、最高のパワーを発揮する」
『それじゃぁ、いっしょにいってもいいのね?』
「いいとも。そのかわり命の保証はせんぞ」
『いいわよ。自分の命は自分で守るから』
ハリスは通信を切り、海の下で待つ〈クイーンマリア〉に信号を送った。




