宇宙探偵ハリス登場2
「ミリナぁ……生きてる?」
「ここが天国でなければ、生きてるんじゃないかな?」
どーすればここが天国に見えるのかしら。
「地獄っていうならありえそうね」
クレアは、船内をぐるりと見回していった。スクリーンはことごとく割れ、コンソールパネルは、ゆがみ、計器が飛び出している。まともに動いているのは、非常用のランプぐらいだろう。まあこれが死ぬようなら、おしまいだが。
「でも空気は洩れていないみたいだから、見た目ほど酷くないかも……」
コックピット内にかなりのほこりが舞っているが、特定の方向に流れている様子はない。クレアは、計器を調べてみた。コンピュータとつながっている計器は、すべて反応なし。スタンドアローンのセンサー系計器のいくつかに反応があるだけだ。スイッチ、レバー類も、反応がない。もしあったとしても、ここからでは確認のしようがない。
「そっちはどう? 何か動く?」
同じようにコンソールを調べているミリナに訊いた。
「救難信号はでてるよ。あとは全滅みたい」
操作のほとんどをコンピュータにたよる航法席では、コンピュータが死ねば通信系ぐらいしか動かない。その通信系も、ハイパーウェーブは船の動力部――主に超空間同調機――に依存しているから、動力停止した今は使えようもない。救難信号みたいな独立系通信機ならば使えるが、状態がよくても十光年が限度。この宙域ならば、一、二光年も届けばいいほうだろう。どちらにしても、百光年以内に人類の住む惑星はない。
「三日も逃げ回ったのにつかまっちゃうなんて……きっと、なぶりものになったあげく殺されるんだわ」
クレアはまるで悲劇のヒロインのように、大袈裟に嘆き悲しむ。
「そうね。きっとすごい怒ってるよ。大事なデータカプセルをもち逃げしちゃったんだもの」
「そう、あっさりいわないでよ、ミリナ。このデータだけは、どーしても、王国のお偉いさんに届けなくちゃいけないんだから」
クレアは、宇宙服のポケットに入れてある小さなカプセルをポンとたたいた。
その時後ろの方から、かすかな音が聞こえてきた。
「お迎えが来たみたいね……」
「やっぱり、白旗上げなくちゃいけないかな? でも白い布なんかないよ」
ミリナの応えはいつもどっかにふっとんでいる。それに付き合うクレアもまともとはいえないかもしれない。
「ブラジャーでも振ったら?」
こんな事をいう様ではほとんど同類である。
「クレア、あったまいい!」
ミリナは、気密ジッパーを下げた。
「よしなさい! 冗談よ」
「えー、でもぉ。白旗上げないと撃たれちゃうかもしれないよ」
「手を上げてればだいじょうぶよ」
コックピットの後部ハッチが、がたがたと揺さぶられる。枠がゆがんでいてなかなか開かないのだろう。
「ハッチが開いたらの水素ガスが漏れてくるかもしれないから、ジッパー上げといたほうがいいわよ」
「うん」
ミリナは、ジッパーを上げ、気密をチェックする。
その時、ようやくハッチが開いた。ほこりが舞い上がったが、水素ガスは漏れてきていないようだ。
入ってきたのは、一人の男だった。赤い非常燈の光の上、ヘルメットを被っているので、その容貌はよく見て取れなかった。動きやすそうな簡易宇宙服を着て、背には大きなタンクを背負っていた。多分、タンクに入っているのは補強材だろう。これで、亀裂の入った部分や崩れやすくなっていたところを補強しながら来たのだ。
「どうやら生きているようだな?」
男はいった。
「二人だけか?」
「そうよ」
クレアが答える。
「歩けるんなら、ついてこい」
彼女達は、ふわりと立ち上がった。重力コントローラはすでに死んでいるので、慎重に動かなくてはいけない。
男は二人が立ち上がったのを見て、くるりと背を向けた。そして、泳ぐように通路を逆戻りする。
二人の少女はしばし見つめ会った後、男の後についていく。
そしてドッキングチューブを通り、エアロックに入った。
外のハッチが閉まると同時に、空気がいったん抜かれる。汚れた空気を追い出した後、新鮮な空気が入れられた。すべて、自動になっているようだ。
へんねぇ。この手の作業は、間違いがないように、誰か一人が外で監視するのに。海賊船じゃやらないのかな?
クレアは首をかしげる。
宇宙服に破損が生じた場合、空気がすい出されて、声が伝わらなくなってしまう。コンピュータでは、人が苦しんでいるのを判断できないし、なにかあった時にすぐ介入できるように、最低一人が外で監視するように指導されているし、何より自分の命を守るためだから、監視する人がいない時はよほどのことがない限り外へ出たりしない。
「もうヘルメット取ってもいいぞ」
男はそういいながら、ヘルメットを取った。
以外に若い。まだ、十七、八才ぐらいだろう。少年をようやく脱したといった感じだ。
「この船じゃエアロック操作するのに誰も見てくれないの?」
「おれ一人しかいないからしょうがない」
最近の海賊って人手不足なのかしら。こんな若い、ボディチェックもしないあまちゃんに、船一隻預けるなんて。まあいいわ。これは思わぬチャンスよ。
「動かないで!! ゆっくり手を上げなさい」
クレアは、隠し持っていたレイガンを素早く取り出し、男に向けた。レーザーガンに比べ、強力なストロボと光学レンズを使用するレイガンは、射程は短いものの小型で強力な武器である。
「なんのまねだい? お嬢さん」
男はふてぶてしくいった。手を上げようという気配もない。
「あたしは本気よ。早く手を上げた方がいいわ。焼け焦げができないうちに……」
クレアは男の足元に一発撃ち込んだ。しかし、男は動じない。度胸だけはいいようだ。
「次は当てるわよ。あなたなんかいなくたって、船の操縦ぐらいできるんだから」
「そうよ、あたしだってパイロットの免許持ってるんだからぁ。……三回も落ちちゃったけど」
「ミリナは黙ってなさい!」
「口にチャックね?」
ミリナは、口もとに手をやり、チャックをするふりをする。
その時、男が動いた。
ミリナと漫才のようなやり取りをしていたクレアは、反応が遅れる。
「ちょっとぉ! 花も恥じらう乙女にこの仕打ちはあんまりじゃない?」
完全に関節をきめられて抜け出せない。
「きゃー、これって、まんじ固めね? ミリナ、こーゆーの、ちょっとうるさいんだ」
「じゃあ、ご期待に応えて、コブラツイストでもいきますか?」
「ミリナ! そんなこといってないで助けてよ!」
「でもミリナ、コブラツイスト見たい」
この娘は、あとで見てらっしゃい! いたたた。コブラツイストかけられちゃったよぉ。
「ちょっとは、話を聞く気になったか? じゃじゃ馬娘」
「聞く。聞くから、ほどいて欲しいな」
「ほどくとまた何するかわからんからこのままいうけど……。おれは、ハリス。ハリス・ホワイトだ。ミドル財閥のスタン・ミドル氏に依頼されて、連絡の取れなくなった惑星開発団の調査にやってきた探偵だ。決して怪しい者じゃない。海賊を追っ払って君たちを助けた命の恩人だぞ!」
男はコブラツイストをかけたまま名のる。
「怪しくない人が、依頼人の娘にコブラツイストかける?」
クレアがジト目で見る。
「依頼人の娘って?」
「あたしは、クレア・ミドル。スタン・ミドルは、あたしのパパよ!」
しばし、しらーとした空気が漂う。
「それならそうと、早くいえよ。まったくつまらん体力をつかっちまったぜ」
ハリスは、コブラツイストを解いた。
「そっちだって、助けに来たって一言いえばこんなことにならなかったわよ」
ハリスとクレアは、睨み合ったままいい合った。一触即発の状態だったが、次のミリナの一言で、不発に終わる。
「ねえ、それより早くここから出ようよ。ミリナおなかすいちゃった」
一気に力が抜けた二人だった。
用語解説
※A級パイロット
パイロットの資格は以下の通り。国家資格なのでS級とかはありませんw
A級 限定解除(すべての宇宙船で、恒星間航路内外の航行が可能)
B級 恒星間航路内のみで大型宇宙船の航行が可能
C級 恒星間航路内のみで小型宇宙船の航行が可能
D級 恒星系内のみ航行が可能
E級 惑星近辺のみ航行が可能
※軽巡洋艦
全長400メートル前後の艦種の一般呼称。
その他全長600メートル前後なら巡洋艦、800メートル前後なら重巡洋艦と呼ぶ。
ただしこれは銀河王国基準の一般呼称で他国ではまた基準や呼称が違ったりする
基本的に銀河王国ないで正式な呼称がわからないときに使う。
実際には同サイズでも巡洋戦艦と呼んでみたり、特殊作戦艦等々、軍内部呼称が有ったりする。
※ハイパーレーダー
ハイパーウェーブを利用したレーダー。
通常のマイクロウェーブを使ったレーダーより探知範囲が広く、レスポンスも早い。
ただし解像度は通常のレーダーより劣る。
これは超空間での光速が通常空間よりものすごく早く、かなりの高周波にしても波長が伸びてしまい解像度が下がってしまうため。
基本的に波長より小さいものの判別は難しい。
※メガ粒子砲
ガンダム等で知られるメガ粒子砲だが、ミノフスキー粒子と言われる空想粒子は使用していない。
既存の原子を核融合させて作った超重元素をイオン化し、加速機で打ち出す装置のこと。
メガ粒子はあくまで俗称であり、この超重元素の正式名称は別にある。
超重元素は非常に不安定であるが、この時代はすでに4つの力を統合した、超大統一理論が完成し、その結果、電磁気力と重力の相互変換を始めとし、弱い力強い力などもある程度制御できるようになっている。
この場合強い力や弱い力を制御し超重元素の寿命を大幅に伸ばし、荷電粒子砲の砲弾としている。
基本的に加速器の中は真空である必要があるため、星間物質の多い中域や大気圏内では使えない。
※宇宙戦闘艇
全長100メートル前後の艦種の呼称。
その他は(注2)軽巡洋艦の項を参照。
※長距離レーザー
レーザーには短距離用と長距離用がある。
長距離用は波長が短く集光率が高い。短距離用は波長が長く集光率が低い。
この世界では長距離レーザーは青色、短距離レーザーは赤色が主に使われる。
赤外線レーザーはヒートガンやヒートビーム、熱線砲(銃)などとも呼ばれる。
※駆逐艦
全長200メートル前後の艦種の呼称。
その他は軽巡洋艦の項を参照。