救出3
中央部に近付くと、さすがに海賊達の姿が見え始める。なにやら忙しそうに立ち働いていて、騒々しい音を立てているため発見が早く、うまくかわすことができた。
基地内は整備されているとはいえ、自然にできた鐘乳洞を利用した物だ。よって、小さな通路がけっこう残っており、隠れる場所には困らなかった。何といっても、基地の地理に詳しいクレアの功績は大きい。彼女がいなければすでにドンパチが始まっていたはずだ。
だがそれもここまでだ。やはり、エアコンプレッサーと気圧調整室に通じる入口には見張がいて、騒ぎを起こさずに通り抜るのは不可能だ。
前方にいる見張は二人。武装はレーザーガン。狭い通路での戦闘にライフルは適さないというのは海賊でも常識らしい。
「一気に駆け抜ける。遅れるなよ」
〈クイーンマリア〉を出てすでに四日が過ぎ、かなり疲れも溜まっている。また、長期に渡って闘えるだけの武器もない。よって、必然的に短期決戦となる。
「かけっこは負けたことないわよ」
クレアが軽口をたたく。
ミドル財閥の令嬢(?)という立場にもかかわらず、護衛も付けずに出歩くクレアは、誘拐犯やテロリストなどの標的となり、いくどかやりあったことがあるという。この様な事にまったくの素人ではないが、どの程度の物かハリスは知らない。
全身に衝撃吸収スプレーをかけてあるとはいえ、弾が当たればよくて打身。大口径の拳銃弾やライフル弾等では、骨折ですめばいい方で、吸収しきれずに貫通してしまうこともある。しかも、レーザー等の光学兵器にはまったく役に立たない。個体バリア等の様に、多量の電力を必要とする防御装置を持ってこれなかったのがつらいところだ。いくらかのレーザー発起ガス〈ブルーフラッシュ〉は持ってきたが、中心部に近い所では空気の流れが速く、わずかな時間しか効果が持続しないだろう。
「合図したら〈ブルーフラッシュ〉を奥の方に投げろ。後はおれがやる」
クレアはポケットから卵大の〈ブルーフラッシュ〉を取り出し構え、ハリスは硬質ゴムでできたこん棒を手にする。鉛入りの奴だ。敵も衝撃吸収スプレーを使っていた場合――当然使っているはずだ。個体バリア等に比べればただも同然なのだから――は、なまじっかな小口径の拳銃より効果がある。
衝撃吸収スプレーは、強い衝撃によりその部分と周辺が瞬間的に硬化し、広い面積に衝撃を分散させ、ショックを和らげる。弾丸やナイフ等の、パワーはあまりないが、小さな面積に力が集中するような物には、絶大な効果を発揮する。だが、元々大きな面積に大きなパワーをかける物には、ほとんど効果がない。レーザー光に反応し爆発する〈ブルーフラッシュ〉を充満させれば、あとは肉弾戦が勝負を決めるのだ。
「いまだ!!」
その声と同時にクレアは〈ブルーフラッシュ〉を投げる。それは、低い放物線を描き、敵後方数メートルで青いガスを吹き出した。見張の二人は油断しきっていたため、反応が遅れる。もうすぐ引上げだということを聞いており、船に帰ったら酒でも飲もうかと話していた所だっただけに、状況が把握できない。
そこへハリスが突っ込んだ。
見張の一人が腰のレーザーガンに手をかける。
「やめろ! 〈ブルーフラッシュ〉だ。警棒を使え」
その声で慌てて警棒に持ち直すが、時すでに遅く、首筋にこん棒の強烈な一撃を食らう。男はそのまま床に沈んだ。
「やろう!!」
もう一人が警棒を振り上げハリスに襲いかかる。しかし彼は、警棒の下をかいくぐり、アッパーカットを放つ。男は一メートル余りも宙を飛び、床に長々と気絶した。
「やったね。ハリス」
「これからが本番だ」
四方の通路から足音と叫び声が聞こえる。これだけの騒ぎだ。気がつかれないほうがおかしい。
「走れ!」
二人は中央へ向かって走り出す。走りながらハリスは小瓶を取り出し後ろに投げた。催涙弾だ。これでしばらくは、後ろから来る連中を足止めできる。
「ハリス。前から!」
前方から四人の武装した男達が、駆けてくる。すでに武器を構えていた。
ハリスは〈ブルーフラッシュ〉を放りざま、クレアを押し倒し床に伏せた。その上を数本のレーザー光が通りすぎる。だが、それもすぐに止んだ。先頭にいた男の放ったレーザー光が、〈ブルーフラッシュ〉を刺激して爆発したのだ。その男は爆風に吹き飛ばされ、後ろにいた男達も足を止めた。
そこへハリスは、伏せたままの体勢で拳銃を撃つ。一辺四ミリのノンカートリッジ方形弾を使用する、G&Gのオートマチックガンだ。装弾数四十二プラス一発。
いわゆるばらまき用の拳銃だが、今は弾頭を炸裂弾に換えてある。小口径だが威力は大きい。
またたく間に二人が倒れた。残る一人はクレアが倒した。この距離で一発で当てる腕前はたいしたものだといわざるをえない。
二人は再び走り出した。
しかしすでに連絡がいっていたのか、気圧調整室の前は簡単なバリケードが築かれ、八人ほどの男達が固めていた。ハリスは慌てて頭を引っ込める。それと前後してレーザーと拳銃弾が通路の縁を削った。
「ハリス、後ろからも来るわ」
「〈ブルーフラッシュ〉と催涙弾を投げろ」
クレアは〈ブルーフラッシュ〉を床に叩き付け、催涙弾を走ってくる男達の前に投げる。ハリスは〈G&G-15〉をフルオートにして炸裂弾をばらまいた。
数人が撃ち倒されるが、幾らかは脇の通路に逃れた。エアコンプレッサー付近は、気圧の調整と、基地内にまんべんなく空気を供給するため、上下左右縦横無尽に通路が張り巡らされている。よって隠れる場所もたくさんあるのだ。
「後ろのやつらを牽制しといてくれ。おれは前にいるやつらを倒す」
気圧調整室を押さえれば麻酔ガスが使える。前のやつらを何とかしない限り、次第に武器は底を突き、身動きが取れなくなってしまうのは明らかだ。
ハリスは小型手榴弾を手にし、安全ピンを抜く。そして三つ数え、壁に向かって投げた。それは、壁に反射しバリケードの前に転がる。
一瞬おいて爆発。
とはいっても、落盤を誘発しないように、爆発力は押さえられており、たいした威力はない。音と光で相手の戦闘力を奪う、スタングレネード弾だ。後ろでも爆発音がする。クレアも手榴弾を使ったのだろう。敵からの銃撃が止んだ。
すかさずハリスは飛び出し、今度はバリケードめがけて、手榴弾を投げる。いくら爆発力が弱いとはいえ、直撃すればバリケードぐらい吹き飛ばすことができる。
二発の手榴弾でバリケードはまったくの役立たずになった。
ハリスは〈ブルーフラッシュ〉を奥の方に投げ、敵に向かって突っ込む。ここが勝負時と判断し、クレアは残りの催涙弾と手榴弾をまとめて投げ付け、ハリスに続いた。
いくつかの拳銃弾がハリスをかすめていくが、勢いは衰えない。クレアが後ろから援護射撃をする。その的確な射撃により、敵は狙いが定まらないのだ。
ハリスは空になった拳銃を捨て、こん棒を手にした。すでに接近戦の間合いだ。
〈ブルーフラッシュ〉の効果は消えているが、乱戦のためレーザーはおろか、拳銃も使えない。海賊達も銃を捨て、警棒やこん棒、ヌンチャク、メリケンサックなど思い思いの肉弾戦用の武器に持ち換えた。
クレアもこの状態では撃つことができず、弾が残り少ないこともあり、銃を捨て乱闘に参加する。
八対二と人数的には圧倒的に不利な体勢ではあるが、敵はスタングレネードを食らったばかりであり、わずかながらダメージが残っている。勢いは二人の方にあった。しかも、体術でもきちんと訓練されている。海賊達の自己流の体術では歯がたたない。
ハリスは敵の攻撃をかすらせもせずかわし、こん棒をカウンターで叩き込む。クレアは突進してくる男の懐に潜る。そして、クレアの身長で一メートル、体重で三倍もの大男が宙を舞った。
柔術だ。
柔術とは、投げ技および関節技を中心とし、小柄で力の弱い婦女子でも頑強な大男を地に這わすことのできる、究極の体術だ。クレアは護身術としてこれを学んでいた。
八人の男達をかたづけるのに、五分とかからなかった。
「やるじゃないか」
「ハリスもね」
結局ハリスは五人、クレアは三人の海賊を倒していた。
「ボンベを出せ」
クレアはバックパックを下ろし、麻酔ガスのボンベを取り出した。ハリスも自分のバックパックを開ける。ハリスはその他に、二本のタオルと水筒も出した。そして、タオルを水筒の水で濡らし、一本をクレアに渡した。
「おれがいいというまで、絶対に外すなよ」
「うん」
クレアはタオルを口と鼻にあて、隙間がないように手で押さえる。ハリスもすべての準備が終わった後、タオルをあてた。
ハリスはボンベの栓を抜き、半分ほど開いた気圧調整室の窓に投げ入れる。この窓は気圧を微調整するために開けられた可変窓で、この向こうにはいくらかの空間と、エアコンプレッサーがある。コンプレッサー本体での微調整は難しく、通路の方向により必要な空気の量も違うため、このような調整室が必要なのだ。
調整室内はすべての通路につながっており、空気が渦巻いている。ガスは瞬く間に基地内を駆け巡るだろう。
二人はバックパックを背負いなおし、第一居住区へと向い、歩き出した。