救出1
もう、いくつ同じ事を繰り返したのか。あと、どのくらい繰り返せばいいのか。
二人は分岐路に立つたびにアナライザを操作し、道を間違えていないことを確認する。
「ハリス。こっちも潰れているみたい。これじゃ、直接第一居住区にはいけないわ」
海賊達の攻撃のため、基地の近くは、かなりの通路が崩れて通れなくなっていた。
「ほかに回り道はないのか? 居住区に行けないんじゃ、計画の最初から大幅に狂ってしまう」
「ず~と遠回りすれば行けるかもしれないけど、いったい何日かかるかわかんないよ。でなければ、さっきのほとんど垂直の穴を降りて、また登んなきゃいけないわ」
質量及び体積の関係上、ハリス達の持てる装備は最小限に押さえられ、計画変更の余地はあまりない。しかも海賊達が解読を終え、基地から出ていってしまえば、〈ドラン〉に侵入したこと自体が無駄になる。基地にいる海賊達を逆に楯とする必要があるのだ。よって、日数的な余裕もあまりない。脇道に入った事により、ただでさえ時間を食っているのに、これ以上無駄な時間は使えなかった。
「しかたがない。とりあえず近くの通路から基地内に入って、直接エアコンプレッサーを制圧しよう。こいつを押さえておけば、海賊たちも下手な手出しはできないはずだ」
「でも、麻酔ガスを使うという前提で、装備を決めたのよ。ガスを使わずに制圧できるはずがないわ。打ち合わせもせずに使ったりすれば、基地の人達も眠りこけちゃって、逃げられないわよ」
「ガスは使う。いくらなんでも、武器は拳銃と手榴弾十数発しかなく、個体バリアも強力な兵器もないのに、どんな装備で何人いるかわからない海賊全部を相手にドンパチするつもりはない。ガスで眠らせた後海賊たちを縛り上げ、基地の人たちが目覚めるのを待つ」
「簡単にいうけど、基地はけっこう広いのよ。二人で海賊たち全員をもらさず縛り上げるのって、ちょっと無理があるんじゃない? ガスの効果は一時間ぐらいしかもたないし」
「中和剤がいくらかあるから、それで基地の警備員を叩き起こして、手伝ってもらえばいい」
ハリス達は、ガスを吸ってしまった人がいた場合を考え、数人分の中和剤を持ってきていた。
「まあそれならやれそうね」
「なっとくしたんなら、早いとこ出発しよう」
彼等は再び、迷宮の出口を求め歩き出した。
だがその頃、ハリス達の計画をさらに狂わす出来事が起こっていた。
〈クイーンマリア〉の操縦室で仮眠を取っていたミリナが、警告音で目を覚ます。
“〈ドラン〉星域に多数の艦船がハイパーアウトしてきます。一千メートル級戦艦二、八百メートル級重巡洋艦六、六百メートル級巡洋艦十八、四百メートル級軽巡洋艦三十四、二百メートル級駆逐艦五十四。その他百五十メートル以下の宇宙戦闘艇多数。さらに増えています”
寝惚けまなこのミリナにファルが報告する。
“海賊の本隊が到着したようです”
元々この作戦は、軌道上にいる敵が、これ以上増えないことを前提に立てた物だ。
これほど戦力に差がありすぎては、〈クイーンマリア〉がおとりになったとしても、逃げ切れる物ではない。
「このまま作戦を実行したとしたら、成功率はどのくらいなの?」
“一パーセント未満です”
「成功率を上げるために、何かできることはある?」
“ありません”
ファル声がこころなし震えている様に感じられるのは、ミリナの気のせいか。
“今、八キロ級可動式要塞がハイパーアウト。これで、計画達成の見込みはなくなりました”
八キロメートルといえば、ハイパードライブできる大きさの、ほぼ限界だ。Gドライブでも数G程度しか加速できない。核融合バーナーを使おうものなら、たちまちのうちに分解してしまう。これでは高加速運動の必要な宇宙での戦闘には、猫の手ほども役に立たない。しかし、いったん軌道上に乗せてしまえばその威力は絶大で、これに対抗できる地上兵器は存在しない。
可動式要塞は普通、惑星や軍事衛星などの制圧用に使われる。動きは鈍いが圧倒的な火力で、制空権の確保や地上施設の破壊などを行うのだ。さらに、司令塔としての役割や補給基地としても使えるため、侵略戦争が盛んに行われた第二次銀河大戦ではかなり活躍した。
現在は侵略戦争自体あまりなく、これを持っているだけで侵略の意志ありと見られるため、ほとんどが解体処分された。だが、解体を請負った者が書類を偽造し、横流しをしたり、解体した部品をそのまま売り払ったりしたため、海賊や犯罪結社、好戦的国家などに、いくらかの可動式要塞が流れた。こうした物の一つをドン・グレイトの一味が手に入れたのだろう。
要塞とこれほどの艦船に、惑星と星系内を囲まれていては、出ることも入ることもできはしない。
「連絡をつけられないんだもん。じたばたしてもしょうがないよね。ファル、ご飯作って。ミリナおなかすいちゃった。デザートはフルーツケーキがいいな」
あくまでマイペースのミリナであった。
ハリス達は、ようやく基地の整備された通路に出た。基地への入口は鉄格子がはまっていたが、子供などが誤って基地の外に出ないように付けられただけの物なので、錠も簡単な物しかついていない。このことはクレアから聞いていたので、ハリスは用意していた針金で簡単にこじ開ける。
ここら辺はまだ、落盤防止の為に整備されたに過ぎず、基地の施設はない。
「道を間違えていなければ、もう少し行くと、分析ブロックがあるはずよ」
「近くに医療施設はないのか?」
「第一居住区の近くと、宇宙船ドックの検疫所を兼ねたやつしかないわよ」
「ここからじゃ、ちょっと遠いな」
ハリスはクレアの書いた大雑把な見取り図を思い出しながらいった。
「医療施設なんかになんの用があるの」
クレアが首をかしげる。
「持ってきた麻酔の中和剤が合成できるかもしれないと思ったんだが、そんなに回り道している暇はないし、途中でやつらに見つかったら、計画その物がおじゃんだからね。真っすぐ中央に向かおう」
「ちょっと待って」
クレアが、歩きだしたハリスを止める。
「分析ブロックの中に薬品倉庫があるんだけど、それじゃ駄目かしら? 分析用の薬品だから、中和剤の合成は無理かもしれないけど……」
「いや、とにかく中へ入ってみよう。必要な薬品があるかもしれない」
二人は分析ブロックへ向かって歩きだした。そこへ着くのに、わずか数分しかかからない。いつもは大勢の人がいる分析ブロックだが、海賊達には用がないと見えて、人気はない。それでも一応用心しながら、分析ブロックの隅っこにある薬品倉庫に入った。
薬品倉庫はハリスが予想した以上に大きく、大量の薬品が備えられていた。
「ここって、定期的に貨物船が来るわけじゃないし、事故やトラブルも多いから、消耗品や備品なんかは、多めに用意しているみたいね」
「在庫管理用のコンピュータがある。こいつを使わせてもらおう」
ハリスは、入口の脇にある端末の前に座った。それと同時にブラックアウトしていた端末が可動し始める。そしてスクリーンにIDとパスワードの入力要求が表示された。これは原始的ではあるが、常にパスワードが更新されていれば効果は高い。
また、機密レベルの低いデータの参照や更新ではこれぐらいで十分である。当然この端末から機密データを呼び出そうとすればそれなりのチェックが入る。
端末のスリットに、〈クイーンマリア〉から持ってきた、ハッキング用のプログラムカードを挿入した。
入力要求の画面は消え、ハッキングメニューが表示される。これはホストの機能に頼らず、端末の機能だけで動作するように非常に小さく作っているので、メニューも非常に簡素な物だった。
「とりあえずホストとの接続を切って、プロテクトの解除だな」
ハリスはメニューから機能を選び入力する。
数秒してメニューは消え、スクリーンに機能メニューとSTANDBYが表示される。IDとパスワード入力がスキップされたのだ。
「在庫リストの表示っと」
コンソールを操作する。しかし、リストは表示されない。
「こいつはちょっと厄介だぜ。データベースがホスト側にありやがる」
「なにがやっかいなの? こんなちゃちな端末まで監視してないと思うよ」
「いや、監視していなければそれでいいが、見付かってしまったらそれでおしまいだ。事は慎重に運ばなければいけない」
ハリスはハッキングツールを呼出し、サブメニューを表示させる。
「取り敢えずエサを投げてみよう」
「どうするの?」
「ネットワーク網を利用して、別の端末からホストに数マイクロ秒だけ接続する。
監視システムに見付かっても、この程度ならコンピュータの誤動作だと思うはずだ。
――もちろんすぐに『誤動作取消』の命令をだすけどね。監視システムがあればネットワークトレーサーの『CAT』が追って来るはずだ」
アーノルドマークIIはシステムに余裕がある場合、自己診断と自己強化を繰り返す。人間でいえば瞑想、あるいは夢を見る状態に近い。新しいプログラムが生まれては消えていく。それらのプログラムは常に監視され、過った動作をした場合、ただちにキャンセルされる。
「でも、普通にネットワークで中継しただけじゃ、『CAT』に中継した経路を追ってこられるわよ」
「もちろんそんなへまな事はしないよ。最終的にホストにアクセスする端末にプログラムを転送して、それからダイレクトにアクセスする。こっちはネットワーク網を監視して、ホストから『CAT』が追いかけて来るのを確認できればそれでいい。
アクセスプログラムとネットワーク監視プログラムはまったく別物だから、気付かれることはまずないだろう」
「まあ、それならだいじょうぶかな?」
ハリスはサブメニューからプログラムモードを選択し、侵入用プログラムをコーディングする。わずか数分の作業だ。
用語解説
※1.戦艦
1千メートルを超す戦闘艦を主に戦艦と呼ぶ。
通常は球形で玉ねぎのように何層もの装甲板で覆われている。
装甲板には砲塔や観測機器が設置されていて、ダメージを負いそれらが破壊されると、外側の装甲をパージし、その能力を取り戻すことができる。
空母と戦艦で形状や大きさにとんど違いはない。
内部空間のドックスペースが大きく、搭載機での戦いを主とするものを軍内部で空母と呼んでいるが、外見上識別不能の場合はどちらだろうが戦艦と呼ぶ事が多い。
※2.要塞
全長5キロ以上の戦闘用施設の一般呼称。そのうち1G以上で移動可能なものを可動式要塞あるいは機動要塞と呼び、惑星などの軌道上を周回して基本そこから移動しないものを軌道要塞と呼ぶ。