地下大迷宮4
「航路ありません」
「では、この船で往復するにはどのくらいかかる?」
「約一時間から二時間です」
「他の二隻では?」
「一日はかかります。しかし私なら行きたくありません。近くにガス星雲があり、旧型のハイパードライブでは危険過ぎます」
銀河中心部は超過密の恒星、宇宙塵、暗黒星、星間ガスなど様々な危険がある。
旧型のハイパードライブは、自由度が高くないため、非常に危険である。その点、ソニアの艦〈ホワイト・ホース〉では、新型が載っているため、かなり安全に航行できるはずだ。
「この艦で調査、および本当にS.O.Sならば救助活動を行う。多分、貨物船のハイパードライブの準備が終わる五時間後には戻れると思うが、戻らない場合でも、残りの船は予定どおりに行動すること。以上」
ソニアの言葉が終わると同時にブリッジは慌ただしく動き始める。航法士は最短経路と重力バランスを計算し、操縦士は方向転換を始める。通信士が他の船と連絡を付け、機関士達はエネルギー配分を監視する。電算士は悲鳴を上げるコンピュータをなだめすかし、過剰データを処理していく。
〈ホワイト・ホース〉は三百Gで数分加速した後、ハイパードライブに入った。
〈ホワイト・ホース〉が近付く度に、信号がはっきりしてくる。それは紛れもなくS.O.Sだった。
「識別コードは出ているか?」
「コードDTA-009-0056587A。百メートル級外洋クルーザーです。
船籍〈ダルタン〉船主クレア・ミドル」
「〈ダルタン〉? ミドル? ――もしかして、ミドル財閥の関係者なの?」
惑星〈ダルタン〉はミドル財閥の本拠地だ。ほとんど私有星といっていいほど財閥関係のものしかない。
「ミドル財閥副総長のお嬢さんです」
副長が答える。
「そのお嬢さんの船が、何だってこんな辺境の、水素スープの中に沈んでいるわけ?」
「私にはわかりかねます。ハイパードライブに失敗したのでは?」
「まあ、そんなところでしょうね。このまま突っ込む?」
「この船よりも搭載機の方が動きやすいと思います」
「そうね。ここからじゃ状況がわからないから、小型戦闘機を一機出して、船の様子を調べてからどうするか決めましょう」
数分後〈ホワイト・ホース〉の格納庫から戦闘機が射出され、星間物質の吹き溜りへ向かう。
『船が見えてきました。そちらへ映像を回します』
戦闘機のパイロットがいってきた。メインスクリーンに戦闘機からの映像が映しだされる。
「これってもしかして」
「どうやら攻撃を受けたようですね」
副長がソニアの言葉を補う。
「生存者はいそう?」
「船は冷え切っています。熱源反応ありません」
電算士がコンピュータ解析の結果を報告する。
『ハッチが焼き切られた痕があります』
「既に救助済みってことかしら?」
「それとも賊に捕らえられたか」
「海賊に襲われた可能性は?」
「九十五パーセントです」電算士が素早く答える。
「操縦室からフライトレコーダーを持ってきてちょうだい。解析してみれば何かわかるかも」
『わかりました』
パイロットは船の残骸と速度を同調させ、ドッキングする。そして宇宙服を着用し、焼き切られたハッチから船内に潜り込んだ。フライトレコーダーを取ってくるまで数分しかかからない。
パイロットの持ってきたフライトレコーダーは、直ちにコンピュータ解析される。
「やはり海賊に襲われたようです。乗員は二名。船主のクレア・ミドルとミリナ・トレイン。どちらも十四才の少女です。海賊と思われる男に連れ去られているところで、記録が終わっています」
「十四才なの? もしかして無免?」
「いえ、クレア・ミドルの方がA級。ミリナ・トレインはB級を持っています。この宙域で海賊たちから三日も逃げ回ったようです」
旧型船で、これほど障害がある宙域を飛び回るには、そうとうの腕と経験が必要だ。A級ライセンスは伊達ではないらしい。
「ただのお嬢様じゃないってわけね」
副長は、あなたと同様にね、と思ったが、口には出さなかった。
「男の顔が映っているようね。だれだかわかる?」
「少々お待ち下さい」
電算士がコンピュータの全データと照合する。
「前科者リストにはありませんでした。しかし別のデータから一致する人物をみつけました」
「だれなの?」
「ハリス・ホワイトです。ついこの間、当時王女のマリア様を暗殺者からお救いした人です」
「何だってそんなのが映っているの?」
「そこまでは……でも彼には、ほぼ無制限の武器の保有と使用許可が与えられています。女王マリアからの直接指令です。これを悪用したのでは?」
現在彼女には摂政が付いており、女王の指令とはいえ、必ず摂政と王国国民議会を通っているはずだ。つまり、王国が認めた行為だということでもある。
「そうだとしたら許せないわ。女王様の好意を無にするなんて……。どう思う?」
ソニアは隣にいる副長に尋ねた。
「これだけでは何ともいえません。他になにかないのか?」
「どうやら〈ドラン〉と呼ばれている惑星が海賊に占領され、彼女らは、そのことを知らせるために〈ドラン〉から脱出してきたようです」
「〈ドラン〉の位置はわかる?」
「航行データを逆にたどればわかります。ここからならおよそ二十.七光年」
「ちょっと五時間では帰れそうもないわね。連絡は付けられる?」
「多分大丈夫です。しかし中央には無理でしょう」
通信士が答えた。
「いったん戻って、応援を仰ぐべきです。やつらの戦力がわからないうちに乗り込むのは危険です」
「でもこの近所に、新型を備えた船はいないでしょうね。だとしたら、応援が来るまでいったいどのくらいかかるかしら?」
「たぶん早くても一週間はかかるでしょう」
「そんなに待てないわ。いいわ、こうしましょう。ずっと離れた位置でハイパーアウトして、ハイパースペース突入可能速度で〈ドラン〉にむかいます。敵戦力を確認して、戦うか逃げるか決めましょう。海賊で新型を持っているとは思えないから、ハイパー空間に入ってしまえば、逃げ切れるわ」
「わかりました。――発進準備。目標〈ドラン〉」
副長が指令を出した。